- 出演者
- 松井玲奈 柴田理恵 吉川正洋(ダーリンハニー)
日本最初の夜行列車が誕生したのは明治22年。赤松麟作「夜汽車」はその10年ほど後の絵で、誕生当時の様子がうかがえる。椅子は固い木製、ベッドはない。東京・新橋~神戸まで20時間乗り続けた。
京都駅、午後5時49分。ホームに入ってきたのは2020年に運行を開始した「WEST EXPRESS 銀河」。紺色のカラーは西日本の美しい海や空を表現している。午後5時54分出発、今回は京都を出て京都に戻る周遊の旅。案内する吉川正洋のイチオシは4号車。1両丸ごと誰もが自由に利用できるフリースペースになっている。この列車の魅力は乗客の人数やニーズに合わせ多彩な座席が用意されていること。4人で利用できるファミリーキャビンはマットレスを広げると部屋全体がベッドになる。2人用のプレミアルーム(グリーン個室)は2つの窓を独り占め、横になると一面に広がる景色を楽しめる。1号車、ファーストシートは人気の座席。ボックス型の座席で、1人分の乗車券で2つの椅子を確保。座席の背もたれ部分を広げるとベッドになる。クシェット(簡易寝台)は寝そべった状態でも車窓を楽しめるように窓が大きく広がっている。また、見どころアナウンスも流れる。
午後7時30分、一旦途中下車して神戸ルミナリエの会場へ。こうしたイベントとコラボした夜行列車のツアーも人気だという。列車はルミナリエから戻ったお客さんを乗せて琵琶湖へ向かう。吉川正洋は車窓を見ながら、神戸駅で購入した駅弁と地酒を堪能した。午後10時30分、消灯。室内が暗くなると外の景色がよく見える。吉川がリラックスするために持ってきた夜行列車七つ道具は部屋着、スリッパ、枕、おつまみ、肩などをほぐすボール、加湿器、時刻表。列車は琵琶湖を右手に見ながら進む。午前6時30分になると朝焼けが。午前7時35分に京都駅で購入しておいた柿の葉ずしで朝食。そして終着の京都へ。
夜行列車の旅をした吉川正洋は「人と人との距離がすごく縮まる。興奮して眠れなくてずっと起きていました」と話した。
現在、定期運行中の夜行列車は「サンライズ瀬戸・出雲」のみ。寝台個室が中心で、多彩な座席、住宅メーカーも携わったインテリアが人気。「TRAIN SUITE 四季島」は超豪華列車。臨時の夜行列車「尾瀬夜行23:45」は週末深夜に浅草を出発して早朝からハイキングを楽しめる。
1978年はサザンオールスターズのデビュー、インベーダーゲーム誕生、そして寝台特急ブルートレイン。ブルートレインとは青い客車を使用した国鉄やJRの寝台列車の愛称。ホームには連日多くのファンが撮影に押しかけ、ブームが過熱して線路に降りる危険な行為も。大人から子どもまでブルトレブームになり、ブルトレグッズも次々と登場した。
ブルートレインが誕生したのは1958年。最初のブルートレインは寝台特急「あさかぜ」。それまでの夜行列車よりもゆったりとした空間。新車両の導入で揺れも軽減、食堂車もあった。また、電源車を連結することで全車両に冷暖房を完備。“走るホテル”とまで言われた。東京~長崎へ向かう寝台特急「さくら」はブルートレインの代表格の1つ。1978年には鉄道写真家の南正時さんの著書「鉄道大百科シリーズ」できっかけの1つになり子どもたちにも人気に。南さんが特にアピールしたのは先頭車両に掲げられたヘッドマークの魅力。
ブルトレブームの1977年の大ヒット曲が石川さゆり「津軽海峡・冬景色」。この曲が発売された1977年の上野発の夜行列車は一晩に何本だったのか。時刻表ミュージアムで1977年の時刻表を確認すると一晩の本数は50本。1分間隔の発車が一晩4回もあった。
1970年代末にブームのピークを迎えた夜行列車。その少し前の1970年代半ばごろから大きな変革期を迎えていた。航空機と高速バスというライバルの台頭によって利用者が徐々に減っていき、1975年には山陽新幹線が全線開業、1982年には東北新幹線が開業。夜行列車はどんどん削減されていった。
1988年はバブル時代。この年、オリエント急行が日本国内で運行。総事業費は約30億円といわれている。さらに、その年本州と北海道をつなぐ青函トンネルが開通。開通に合わせ上野~札幌間を走り出したのが寝台特急「北斗星」。寝台列車は単なる移動手段から、乗ること自体が目的となる車両へと変身した。1989年7月にはトワイライトエクスプレスが登場。客室は個室中心でゴージャス感満載。
2016年に北海道新幹線が開業。車体の老朽化も重なり北海道へ向かう豪華列車は新幹線開業を前に次々に定期運行を終えた。2015年のトワイライトエクスプレスのラストランには多くの人が詰めかけた。NHKではラストランを控えたある日の22時間に密着し、トワイライトエクスプレスがどんな人々に愛され支えられてきたのかを探った。
作品世界の夜行列車について。「銀河鉄道999」貧しい少年が謎の美女と永遠の命を求めて宇宙へと旅立つ物語。作品が生まれた背景には作者・松本零士の夜行列車体験がある。
2025年12月31日、大井川鐵道の新金谷駅。SLが牽引する客車に乗って年越しをしようと多くの人が集まっていた。企画を考えた鳥塚社長は「夜行列車は当時は辛かったが今となってみればいい思い出。昭和感も含めて体験を買ってもらう。それが夜行列車の醍醐味」と話した。列車が川根温泉笹間渡駅に到着し乗客が温泉に入ると、汽笛の音とともに夜の鉄橋を渡るSLをアレンジして見せた。家山駅では蒸気機関車への給水作業を公開。そして、新金谷駅で新年を迎えるカウントダウンが行われた。その後は約17キロ区間を2往復してひたすら走り続けた。
2027年春に運行開始予定の新たな夜行特急列車は首都圏と北東北エリアなどを結ぶ予定。全席グリーン車指定席の個室で、個室の定員は1人~4人。お値段は新幹線のグリーンやグランクラスより少し高い程度となる予定。
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柴田理恵は「昔は夜行列車は嫌々乗っていたところがあるけど、あの頃のことはすごく良かったなと思う。自分の今までとこれからを考える時間がそこにはあるのかな」と話した。
夜行列車から見える朝日の映像。
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