- 出演者
- 八木麻紗子 萩谷麻衣子 大下容子 杉村太蔵 松尾由美子 佐々木亮太 菅原知弘 斎藤康貴 林美沙希 林美桜 水越祐一 駒見直音
吉川晃司さんはメッセージを発信する際に気を付けていることがあるという。それが「伝え方」。2011年の東日本大震災で被災地のボランティア活動に参加した際、東京に戻り被災地のリアルな実情を話すと引かれてしまったという。これは本能的なものだと思うと話している。こうした経験などからメッセージをただ強く発信するのではなく、エンターテインメントにして伝える努力が必要だと感じているとのこと。杉村さんは「私の祖父も終戦の時は、いくつかの特攻隊の空港があって、その空港の警備隊長だった。17・18歳の子を送るわけだが、祖父にとっても究極の辛い体験で、私が子供の頃にその話を聞くが、祖父は私の父には伝えていない。戦後何十年経ってようやく自分の中で話せるようになり、それがたまたま孫だったという、聞いちゃいけない雰囲気と同時にあまりに衝撃的なことで話せないのはあるんだろうなという気がする」等とコメント。
吉川晃司さんは原発について「再生エネルギーで賄えることを目標に徐々に減らしていくべきで、核兵器も地球上から無くすべき」、「ただ無くなるまでのことは国民全員で考えないといけない」など話した。また被爆国日本としては「核兵器禁止条約にサインしないなど残念で寂しい」、「日本が危機に直面した時に果たして本当にアメリカが守ってくれるのかを考えないといけない」など話した。
石破総理は戦後80年の節目に合わせたメッセージを文書で出すことを検討していると明らかにした。発表は今月下旬~来月前半の見通しで、内容についてはこれまでの談話の積み重ねは大事にするとしているが、正式な有識者会議は立ち上げずに閣議決定も行わない方針だという。
戦争の記憶や被爆の悲惨さの継承について、吉川晃司は、自分の仕事はみえをきってなんぼの仕事、大したことはできなくても、自分なりに頑張ったと言える人生でありたい、だからやれることはやりたいし、言うべきことは言っておきたいなどと話した。6月、広島を訪問した天皇皇后両陛下を被爆者とともに出迎えたのが、被爆体験伝承者の庄野さん。被爆者の平均年齢が86歳を超えるなか、その被爆体験や記憶を受け継いでいる。庄野さんは、4月から広島市の小学校で、教鞭をとっている。庄野さんは、担任教師である自分が被爆体験を話すことで、子どもたちが原爆を身近に感じるなど、身近である自分が伝えるからこその良さが出ると思うなどと話した。吉川晃司は、広島への恩返しとして、同じ広島県出身で同い年の奥田民生とユニットを結成。
吉川晃司は、広島への恩返しと日本を盛り上げることを目的に、奥田民生と新ユニット「Ooochie Koochie」を結成。結成のきっかけについて、吉川晃司は、50歳を過ぎて、フェスでセッションするようになり、距離が縮まった、還暦を機にやることを何年か前に話したなどと話した。曲作りなど音楽性の違う2人が作ったのが、広島カープの選手への熱いエールとともに、広島県への感謝の気持が表現された応援歌「OK」。吉川晃司は、最初は変なセッションだったが、広島への恩返しというところは共通していたなどとし、悪さもしてきたから、これでチャラになるとは思っていないが、少しは、いいこともしたと思ってもらいたいのかもしれないなどと話した。
広島県出身の吉川晃司と奥田民生が「Ooochie Koochie」を結成した。名前の由来は、あちらこちらを意味する広島弁の「おちこち」を文字ったもので、過去と現在、現在と未来を繋ぐ意味合いがある。2人が今年発売したアルバムの中に「リトルボーイズ」という曲がある。「リトルボーイ」は広島に投下された原爆のコードネームでもある。吉川晃司はキノコ雲の上と下を米国と日本に見立てて両国の母親の想いを歌詞にしたという。歌詞にある「エノラ・ゲイ」は広島に原爆を投下したB29爆撃機に付けられた名前だという。
「徹子の部屋50年目深掘りSP」の番組宣伝。
エンディング映像。
