TVでた蔵トップ>> キーワード

「サンフランシスコ平和条約」 のテレビ露出情報

2003年に台湾で古いフィルムが発見された。そこには植民地時代の台湾の映画が多く含まれていたという。人口の多くは漢民族が占めており、山岳地帯には先住民が住んでおり、そんな彼らに日本は同化政策をとった。作家の呉濁流はそんな日本の政策に反感を持ち中国大陸へ渡った。しかし台湾からやってきたということで大陸の人達の眼差しは冷たかったという。太平洋戦争が始まると台湾の若者も戦地に送られていった。当時の李登輝も同様だったという。1945年に日本軍は降伏し、蒋介石も勝者の一人になった。蒋介石は台湾を接収し、台湾の人達は蒋介石らに期待したが、訪れた兵士たちは日本が残した家屋や工場を接収し、横領を働いたという。大陸から来たものは外省人、台湾出身者は本省人と区別されるようになった。
1947年に本省人の不満が爆発して、発砲によって本省人に死者が出た。翌日に本省人による暴動が起こり、それが二二八事件になった。その頃、中国本土の蒋介石は毛沢東との争いをしていた。そして1949年に毛沢東は中華人民共和国が建国を発表した。蒋介石は台湾に政府を移転して、多くの外省人が流れ込んだ。その後、日本は1951年のサンフランシスコ講和会議で独立を回復したが、植民地だった台湾の地位は曖昧な状況に置かれた。一方で中国からすると台湾は中国統一のトゲになっており、中国と台湾はどちらが正統な中国なのかという争いを続けた。
1950年代の末に、毛沢東の大躍進政策が失敗すると大陸で多くの餓死者が出た。そこで台湾は大陸に向けて宣伝工作を行い、 実践さながらの訓練を行い、大陸反攻に動いていった。ただそうした中で中国が核実験に成功し、台湾は行動を急いたが、結果は失敗に終わった。一方で経済は躍進したが、大陸出身の退役兵士たちは取り残されたという。
1971年7月に米中接近があり、台湾を激震させた。このことで国連では中華人民共和国を中国の唯一の代表とする決議がなされた。日本も中国と接近して日中国交正常化をした。そして蒋介石は1975年に87歳で死去した。台湾は後ろ盾にしていたアメリカから断交されて人々は不安に陥った。1987年に台湾で戒厳令が解除されて、大陸出身者への親族訪問が解禁された。
1988年。李登輝が総統に就任した。本省人が総統になるのは初めてのことだ。そこで民主化への動きが活発になり、李登輝は総統の選出方法を直接選挙にして、選挙で李登輝は総統に選ばれた。2023年になり、APECにTSMCのモリス・チャンが出席するなど、経済的な力と政治的な発言力を見せてている。TSMCは国連脱退で孤立を深めた台湾政府が主導して設立した企業だ。現在、TSMCは台湾の守り神と言われている。台湾は外交的な孤立を経済の力で克服している。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年5月17日放送 9:00 - 10:00 NHK総合
日曜討論(日曜討論)
新華社通信は会談中に配信。台湾の問題は両国関係で最も重要な問題だ、対応を誤れば両国は衝突し非常に危険な状況に陥ると習近平国家主席が発言したと報じた。中国側は、われわれは会談を通じアメリカが中国の立場を理解し国際社会と同様に台湾の独立を認めず受け入れない姿勢を感じ取ったと発表。アメリカのFOXニュースのインタビューでトランプ大統領は、習近平国家主席にとって台湾[…続きを読む]

2026年4月25日放送 12:00 - 13:30 フジテレビ
ぶらサタ・有吉くんの正直さんぽ九段下を正直に散歩してみよう
一行は「国立公文書館」を訪れた。内閣府や省庁で保管されていた公文書の複製を展示する施設で、サンフランシスコ平和条約や日本国憲法を間近で見ることができ、日本の重要な出来事などを歴史的偉人の筆跡で辿ることができる。一行はDAIGOが寄贈したという「平成」の書などを見学。この文字は内閣府の職員が書いたもので、内閣府には辞令専門官という文書を筆で書く役職があるという[…続きを読む]

2026年1月10日放送 21:00 - 21:54 テレビ東京
出没!アド街ック天国箱根 芦ノ湖 BEST20
関東総鎮守と称される箱根神社。湖畔の鳥居は芦ノ湖のシンボル。鳥居はSNSの映えスポットとなっている。18位は平和の鳥居。上皇陛下の立太子の礼とサンフランシスコ平和条約の締結を記念して建立。吉田茂の真筆の「平和」が昭和39年に湖に向かって掲げられた。

2025年12月30日放送 21:00 - 22:14 NHK総合
映像の世紀バタフライエフェクト(映像の世紀 バタフライエフェクト)
1920年、深川を舞台にしたサイレント映画が撮影された。てい子は家族を養うため、身を粉にして働く。終盤、てい子は実在の少女だったと明かされる。この深川の生まれだった小津安二郎は松竹キネマ蒲田撮影所に撮影部助手として入社。その翌月、関東大震災が発生した。当時13歳だった黒澤明は隅田川沿いに打ち寄せる市街の群れを見て、卒倒しそうになったという。震災から間もない頃[…続きを読む]

2025年12月28日放送 9:54 - 16:30 TBS
報道の日日本の今がわかる!激動の100年ニュース
1955年に自民党は結党した。7月の参院選。日本人ファーストを訴えた参政党。台風の目となった。神谷宗幣代表は、自民党に対する失望が理由だという。林芳正氏は保守を訴えた。高市早苗氏は保守政党だという。石破茂前総理大臣は自民党の現状に危機感を示していた。保守の精神は寛容の精神として示されていた。戦後保守の中心は、すべて権力の行使は抑制的にやろうという姿勢だった。[…続きを読む]

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.