飯島は引き続き亀戸にある炭火燻し屋「蔵之助」にて純烈と一緒に食事を堪能。酒井らは純烈としての仕事とは別に、メンバー各々趣味や特技を活かして仕事につなげており、そうした中で日本全国にツアーで回っているなどと明かした。飯島は楽屋は一人が良いなどと伝えた。酒井らは純烈は結成早かったがデビューがなかなか決まらない時期が長く2007年結成でデビューは2010年だったなどと語った。酒井らは松葉杖生活になった時、毎晩のように前川清の夢を見てお告げだと考え、動かないでもパフォーマンスができる歌謡の世界に踏み込むことを決めて白川らを誘い結成したなどと打ち明けた。飯島らは会話を楽しみながら「鰹のわら塩たたき」などを堪能した。飯島らは芸能界に入る少し前にはビール瓶を逆さにした台に上がってマイクのようなものを手にしてパフォーマンスしていたことがあるなどと伝えた。白川らは相撲経験者で力士名は綱ノ富士であったなどと語った。酒井らはメンバーがスキャンダルで減ったときにはいろんな人達が助けてくれ、ニ度目の紅白につながったなどと打ちあけた。
