織田信長が所持、本能寺に伝わった水墨画。描かれたのは、中国の鳥「叭々鳥」、ムクドリの仲間で翼に白い斑紋があり、鳴き声が多才で人の言葉をまねることから中国では古くから親しまれてきた鳥。水墨画では漆黒の羽を墨の濃淡だけでどう表現するかが絵師の腕の見せ所だった。牧谿はのちの長谷川等伯や雪舟など日本の水墨画の教科書になった人物。“逆輸入のスター”ともいうべき画家で、中国本国では当時、「大雑把だ」として評価が低かったが、日本に渡ると足利将軍家を始めとする茶人や武士に熱狂的に受け入れられた。信長が本能寺に持ち込んでいたとされる茶道具の中には有名な「万歳大海」などがあった。これらの一部は本能寺の変の直前に茶会でお披露目されていたという。伝説では三本足の蛙香炉が泣きだしたという。それは迫りくる明智光秀の軍勢を知らせる不吉な予兆だった。どよめきと火の手が寺を包む中、信長は「是非に及ばず」と言い残し、愛した茶道具とともに炎の中へと消えていった。
