新大久保にある島村印店は、老舗のはんこ専門店で店主は伊藤節子さん。印鑑離れもあり、売上はこの20年で半分にまで落ち込んでいる。終戦の翌年に開業し、焼け野原から蘇った新大久保商店街。戦後に近隣で働く韓国の人々が数多く暮らすようになったがその片隅に島村印店はあった。この地で生まれ育った伊藤さんは、結婚後37歳で父親から家業を継いで今も夫婦で経営している。その後、韓流ブームなどで、コリアンタウンと呼ばれるようになった新大久保。しかし2013年に事件が。日韓関係の悪化で、在日韓国人などへのヘイトスピーチ、デモが過激化した。その後、韓流ブームに陰りが生まれ、韓国関連の店が減少していった。(新大久保商店街振興組合調べ)。
あの出来事から10年以上が経過し、いろいろな国籍の人たちが集まってきたことで、今や多国籍な街に変化。そして、伊藤さんの店を支えているのも外国人。伊藤さんはいち早くカタカナはんこを始めたが、いつの間にが大事な商売相手に。しかし、新たな問題も起こっている。地元で30年以上続く不動産業者は、外国人同士での部屋の又貸しが多いという。テナントを借りている外国人の店主が仲介した業者に無断でまた別の外国人に貸している。また、車道に長時間空き箱を放置する店がありこれが道路交通法違反になることも。伊藤さんは外国人と日本人とつなぐ架け橋になりたいと考えた。
あの出来事から10年以上が経過し、いろいろな国籍の人たちが集まってきたことで、今や多国籍な街に変化。そして、伊藤さんの店を支えているのも外国人。伊藤さんはいち早くカタカナはんこを始めたが、いつの間にが大事な商売相手に。しかし、新たな問題も起こっている。地元で30年以上続く不動産業者は、外国人同士での部屋の又貸しが多いという。テナントを借りている外国人の店主が仲介した業者に無断でまた別の外国人に貸している。また、車道に長時間空き箱を放置する店がありこれが道路交通法違反になることも。伊藤さんは外国人と日本人とつなぐ架け橋になりたいと考えた。
