2026年6月13日放送 1:23 - 1:53 TBS

こちけんリアピのてれび1年生

出演者
こっちのけんと かずぅ(リアルピース) こーた(リアルピース) かちょー(リアルピース) なお(リアルピース) こぺ(リアルピース) ガク(真空ジェシカ) 
(オープニング)
今回は…

今回はリアルピースの人生年表をみていく。

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ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト
オープニング

オープニン映像。

こちけんリアピのてれび1年生
紅白歌手 こちけん&リアピのミラクル人生 人生-1GP

1990年に福島県で生まれたこーた。生まれてすぐに余命3カ月宣言をうけたが生まれつきミルクが飲めない体の構造をしていたという。自宅で残りの時間を過ごしていたがある日、機械の故障で食べ物が逆流すると、そのおかげで異常だった体の構造が完治していたと答えた。そして小学生のときにあだ名はこうたさんだったが、その理由は、バスケと出会いファンクラブもあったためと答えた。18歳で日体大にバスケ推薦で入学。その後地元福島で就職したが夢のために上京。2014年に全財産20万円で上京したが、本格的に24歳から芸能活動をスタート。そして12時間歩く毎日を過ごしていたが、終電前に家を出ていたというが当時は役者をしていて金もなく、電車賃も払えないほどだったという。29歳にして占い師から神様のプレゼントがあると言われたという。しかし良いか悪いか、受け取るかはアナタ次第と言われたという。そしてそれはいつだ?と構えていたときにかずぅから電話があり、リアルピースになったという。

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ヤツルギ魂日本体育大学

かずぅはサッカーの強豪校に入学するも、サッカーゴールがアゴと地面に激突し、とんでもない状況になっていたがそのまま3カ月入院しサッカーを辞めてしまったという。そしてサッカーのユースチームに入った。サッカーでも県大会2位、アイスホッケーでも全国ベスト8と運動神経に長けていた。そして上京して19歳のときにメンズエッグの読者モデルになったものの売れずに大学のサークル会長になった。卒業した後に飲食業界に就職したが、夢が諦められず8か月で退社した。その後芸能事務所に150社におくり、履歴書をおくり5社に合格した。28歳で千葉のご当地ヒーローの鳳神ヤツルギに就任。そこでかちょーとこーたと出会った。俳優としては日の目を見なかったが30歳をすぎて人生の大勝負には完全フリーに。そこでこーたとかちょー、500社に振ったオーディションの応募でなおが加入。そしてこぺが加入しリアルピースを結成。今ではコンサートで7000人を集客しSNS総フォロワー数は400万人を超える人気グループへ。しかし最初は厳しく、初イベントの集客では5人だった。街で看板を持ってビラ配りをし、徹夜で編集し、1年10カ月約1000本の動画を投稿した。そして動画がバズりはじめ集客500人に。

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こっちのけんとは小学生の時にサッカーとダンスを習っていた。サッカー中に日までダンスをしていたら親にダンスを勧められ、ダンスは今にも生きているという。中学時代ではインドア派だったというこっちのけんとは、兄の菅田将暉が仮面ライダーとして活躍し、言いふらしていたらいじめのきっかけになってしまい、インドア派になったという。そして駒澤大学の歌うま選手権で優勝し、アマチュアアカペラの全国大会2連覇。そして紅白歌合戦に出場したがRADWIMPSのコーラスとして出ていたという。

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大学卒業後には上場企業への就活を開始。大好きだった歌をやめて会社員になった理由には、アカペラではプロになる道はほぼなく、就職を選んだという。サラリーマン生活を1年送っていたが、うつ病になってしまい仕事をやめてしまったと答えた。

23歳の時にこっちのけんとは両親の還暦祝いの席で再びやりたいことを始めた。うつ病になり、アカペラを披露してほしいと言われ、披露すると気持ちが良く、再び歌を始めたと答えた。そしてこっちのけんとという意味はスーツを着ていた時代の自分をあっちのけんととし、歌が得意な自分をこっちのけんとと分けたという。22年にはいよろこんでが大ヒット。日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞した。

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(エンディング)
次回予告

こちけんリアピのてれび1年生の次回予告。

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