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倉本ドラマの代表作「北の国から」では、故郷の富良野へ戻った3人の成長が温かく描かれた。その後、北の国からは21年の長きに渡りシリーズ化される。それ以前もそれ以降も世に送り出された倉本さんの作品は1000本以上。42歳でこの地に移り住みそこから半世紀、世の中の不条理へ怒りというパッションを加えて90歳の今も創作の日々。1935年、東京に産まれた倉本さんは戦争を体験し、空襲が続く東京から山形へ学童疎開。そして父の郷里・岡山の疎開先で終戦を迎えた。東京大学文学部美学科を卒業後、日本放送に就職。本業の傍ら、倉本聰のペンネームにて内緒で脚本家としての創作をスタートした。ドラマのみならず、映画や舞台の脚本、監督、舞台の演出などあらゆる創作に携わってきた。
2023年、過去に手掛けた舞台「悲別」を新たに「悲別 2023」と銘打って自らが脚本・監修を丸ごと努めて復活させる。御年88歳、これが最後に手がける舞台作品、創作人生の集大成、そんな覚悟を込めてのプロデュースだった。閉山が決まった炭鉱の町を舞台に未来を奪われた若者たちが30年後の大晦日に再開を約束する生きることへの希望を問う物語。富良野市にある山間の西布礼別には、1984年に俳優とシナリオライターを育もうと倉本さんが塾長を務めた富良野塾がある。2010年までの25期26年間で375名が倉本塾著のもと創作を学んだ。現在は有志の手によってログハウス再生プロジェクトが進められている。閉塾後に活動を開始したのが、富良野塾卒業メンバーを中心とした富良野GROUP。倉本イズムを継承し、悲別 2023でもオーディションを経た役者と共に全身全霊を注いだ。
2024年8月、倉本さんの次なる創作が動き出していた。年末を目指して作り上げる舞台「富良野警察物語」。富良野GROUP実験舞台創作ワークショップと銘打たれ、その演出を富良野GROUPの俳優・久保隆徳さんが師匠とともに手掛ける。今回メンバーに選ばれたのは現役の役者だけでなく、その卵や異業種からの挑戦など実験舞台そのもの。秋には初の顔合わせを行った。クリスマスに行われる富良野警察物語は、想定した稽古スケジュールに大幅な遅れが生じていた。
北海道・富良野で暮らす脚本家・倉本聰。点描画は点を積み重ねて動物などを作る作品で、最後に心の声を添えて完成。倉本は「画だけでは説明できない心の描写に力を入れている。」などと話した。倉本はNHK大河ドラマ「勝海舟」の演出を巡り話がこじれ、東京から札幌へ飛び1977年に富良野に導かれた。2006年、創作活動と並行して自らが主催して開いた「富良野自然塾」。閉鎖したゴルフ場に植樹して元の森へと還す自然返還事業と、そのフィールドでの環境教育プログラムを行っている。ネイチャーガイド・金澤は倉本が森の師と呼ぶ男性。地元・大沼でペンションを営む傍ら、人生の殆どを北海道の自然に寄り添って生活している。金澤は「人間の五感のように、植物は20感を使って生存や子孫繁栄に力を使っているが、地球上の生き物は一部のものが莫大に繁殖しないように出来ている。」などと話した。倉本の「森は海の母という言葉はよく聞くが、海は森の父という言葉はあまり聞かない。」という発言に対し金澤は「森の栄養が海に流れるのは皆分かっているが、魚が森を育てるという概念がない。」などと返した。塾の今後について倉本は「自然に返したらどんな森になるのかというのが一番興味がある。数百年後に戻って歩いてみたい。」、金澤は「子どもらに自然を感じさせ、親友になれることが分かれば傷つけなくなる。」などと話した。
2024年、クリスマス公演に向けた舞台「富良野警察物語」は高い入場料を取って客に見せるレベルには到達していないと怪しい雲行きになっていた。この頃倉本は舞台稽古と並行して睡眠を削り、別の執筆も同時にこなしていた。倉本は自身の墓を北の国からで五郎さん一家が大晦日の夜に叫んだ場所に作ることを既に決めている。意識を強くしているのが死への向き合い方と迎え方。その一つがドラマ「風のガーデン」にも描いだ終末医療の緩和ケアの現状について今年の春にトークライブに出席。パネリストは現職の緩和ケア医でありがん患者の大橋、ネイチャーガイド・金澤、フリーアナウンサー・宇賀。ホスピスは北海道では札幌に集中し、ほかはまばらに存在しているが富良野は未だゼロ。ライブで大橋は「人間好きな医者に看てもらいたい。」、宇賀は「死について考えることは生きることを考えることだと思った。早すぎることはないし後悔しないように日々命を燃やしたい。」などと話した。
2024年12月、舞台「富良野警察物語」の公演初日を迎えた。紆余曲折を経た実験舞台は新たな一歩となって結実した。富良野GROUP・久保は「倉本先生は孤高の天才。凡人の集団が束になれば天才を勝ることができると思っている。」などと話した。今年5月、自然塾の岸上は「完全に自然の循環で回り始める頃にはこの世界にはいない。その時に自然塾の取り組みへの思いや生き物たちの証拠を次世代につなげていくための活動は続けたい。」などと話した。倉本イズムはゆっくりと芽吹き、受け継がれている。ニングルテラスの高木は富良野塾の第11期生で、急に声をかけられて人形を作るよう言われた。人形は全て自然素材で、ニングルテラスのコンセプトの一つである手作りの感動を感じたという。倉本は「自分の蒔いた種が自身の木を抜こうとしている絵を書いたことがあるが、木は許さないんじゃないかと思った。」などと話した。
クリスマスの舞台「富良野警察物語」のカーテンコールに倉本の姿は無かった。倉本は「北の国から」の新規舞台として「落穂拾い」を構想中。北の国の人気のシーンを別視点で描くなどして演劇工場で塾生で売り出すという。
