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- 日村勇紀(バナナマン) 設楽統(バナナマン) 小室瑛莉子 岡田紗佳 武井壮
2025年ん3月、クロアチアの航空に謎の光の渦が撮影された。ヨーロッパ各地で目撃されたという。映像が撮影された約2時間前、イーロン・マスクがCEOを務める宇宙開発企業スペースXが衛星を運ぶためにロケットを発射していた。このロケットは2段式で、高度70km地点で2つに分かれた。1段目は地球に帰還、2段目はさらに上空まで衛星を運び宇宙空間に残る。その際、他の宇宙ゴミと接触して爆発しないようあまった燃料を回転しながら放出した。その燃料が寒さによって瞬時に凍結、太陽光が当たって光る渦に見えたという。
オープニング映像。
2024年12月、中国のスキー場で巨大な光が撮影された。この謎の光は同じスキー場の異なる場所で何日にもわたって目撃された。正体はサンピラーと呼ばれる自然現象。寒さで凍った空気中の水分が太陽の光を反射して輝くダイヤモンドダストが一本の柱のように見える現象。2025年3月に美瑛町で見えたサンピラーの映像も紹介。
青森県の龍飛崎には階段国道がある。長さ約388メートル、段数は362段。高低差は約70メートルとかなり急。津軽海峡・冬景色の歌謡碑が建てられている道路と階段を降りた先の道路はともに階段と同じ国道339号。この道が国道に指定されたのは1974年。当時、青森と北海道を結ぶ青函トンネルの工事が行われていて、多くの労働者が龍飛崎の近くに住んでいた。坂に道路を作ってほしいという住民からの要望が多く届いていたこともあり、一先ず階段を国道に指定し後で道路を作ることになった。しかし、この地域には民家が密集し坂道は急だったため道路の建設を断念。その後、青函トンネルが完成し住民は減少した。階段国道は日本でココだけにしかなかったことから、観光地として国道に指定され続けたままになった。
バドミントンのシャトルが空中で停止した映像。クモの糸に引っかかっていた。巣を作るときに最初に張る「橋糸」という強度の高い糸に引っかかってしまったのではないかという。
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2008年12月、ペンシルベニア州。ホームセンターで働くステイシーは夫と離婚、シングルマザーとして3人の子供を育てていた。毎年、クリスマスの時期にはステイシーの家は子供たちの溜まり場になっていた。夜、次女と映画を見ていたステイシーは寝落ちしてしまった。次女がクローゼットに誰かいると言う。ステイシーの家ではクリスマスイブの夜にプレゼントを開ける習わしがあった。長女へのプレゼントは携帯音楽プレーヤー。その時はまだ、すでに起き始めている異変に誰も気づいてはいなかった。
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クリスマス当日、ステイシーたちは朝から両親の家へ挨拶にでかけた。家を開けたのは数時間のことだったが、長女の携帯音楽プレーヤー、クリスマスカードと現金がなくなっていた。ステイシーは警察に通報し家の中を調べてもらったが、異常な点は見当たらなかった。入念に家の戸締りを確認して親戚の家へ出かけた。その日の夜に帰宅すると裏口のチェーンが外れていた。ステイシーはすぐに警察に通報した。ステイシーの家は隣人の家とつながる「連棟式建物」。隣人はシングルマザーだがお金に困っている様子はなくとても真面目で優しい女性だとステイシーは言った。警察官たちは痕跡が残っていないか再び家の中を調べたが他に異常は見当たらなかった。ステイシーたちはこのまま家にいることに恐怖を覚え、その夜は両親の家へ避難した。
翌日、ステイシーは荷物を取りに自宅に戻った。クローゼットの中を探していると足跡があった。屋根裏には普段は立ち入ることのない空間があり、そこには仕切りがなく隣人の家と繋がっていた。ここ最近、何者かが屋根裏に侵入し潜んでいると考えられた。警察は屋根裏を調べる準備をするとともに、隣人の家を訪ねた。隣人宅から屋根裏に通じる扉を押し上げようとすると、何かに押し返されて入ることができなかった。ステイシーの家にいた警察官は入り口が狭くて屋根裏に入ることができなかった。警察は警察犬を要請した。屋根裏に潜んでいたのは細身でステイシーのセーターや長女のズボンを履いただらしない格好の男で、その場で逮捕された。
屋根裏に潜んでいた男の名はスタンリー。約1か月前、仕事もお金も失いその日の暮らしにも困っていたスタンリーは隣人の家に居候することになった。1か月経っても一向に仕事を見つけようとしなかったスタンリーは書き置きを残し姿を消してしまった。スタンリーは隣人が外出した隙に屋根裏への入り口を発見。中に入れることに気がつくと、偽の書き置きを遺して家を出ていったかのように見せかけ屋根裏に潜伏した。隣人宅から物を盗むと存在がバレてしまうかもしれないので、スタンリーはステイシーの家から飲み物や食料、衣服を調達した。一向にバレる気配がないことを知ると、スタンリーの行動は大胆に。「スタンリーのクリスマス」と書かれた盗んだものリストには車のスペアキーもあった。スタンリーは不法侵入や窃盗の罪を認め、懲役9~23か月の刑と1640ドルの賠償金の支払いを命じられた。ステイシーたちは別の場所に引っ越し、幸せな日々を送っている。
2021年7月イギリス、平穏な日々を過ごしていたティナ・サビーヌさんは目を覚ますと原因不明の激痛に襲われた。
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ティナさんに謎の症状が現れる1日前、いつもと変わらない普通の朝を迎えていた。愛犬と散歩をし、その後は自宅でゆっくりくつろぎ、いつも通りの時間に眠りについた。翌朝、身体が思うように動かなかった。手が腫れ、水ぶくれができていた。さらに、顔にも激しい痛みが。病院に救急搬送された。頬が腫れ上がり、額にも炎症があった。
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ティナさんを突如襲った謎の症状。その原因はジャイアント・ホグウィード。世界で最も危険な植物の一つと言われる。樹液には猛毒が含まれており、樹液がついたまま太陽の光を浴びると激しい炎症や水ぶくれを起こす。樹液が目に入ってしまうと失明に至る可能性もある。ティナさんの場合、身体が毒物に激しく反応してしまい、脊椎に血栓ができ、退院後も6か月間車椅子生活を余儀なくされた。2025年6月、北海道大学の構内でジャイアント・ホグウィードとよく似た植物が見つかった。そこから5km離れたサイクリングコースでも同じ植物が確認され、いずれもすぐに駆除された。日本には生息しないはずだが、海外からの資材の輸入にまぎれて入ってきた可能性が高い。
1992年、カナダにあるキプリング。この日、ガソリンスタンドで働きながら1人娘を育てるシングルマザーのキャンディスは片頭痛に悩まされ病院を訪れた。診察をしたのはキャンディスの主治医のジョン。診察が終わると、キャンディスは恋人の浮気が発覚し喧嘩したことを相談した。するとジョンは注射を持ってきた。注射を打たれたあと眠ってしまったが、目を覚ました時にジョンから暴行を受けたんじゃないかと思ったという。キャンディスは別の病院で検査を依頼、かのじょの血液から必要以上に協力な鎮静剤の成分が検出された。警察がキャンディスが身につけていた服を調べると、暴行したと思われる者のDNAが検出された。ジョンは鎮静剤の投与は認めたが膀胱は否定した。警察が聞き込みをすると、聞こえてきたのはジョンが誰からも信頼される医師という話ばかりだった。一方キャンディスについては遊び好きで、お金目当てで訴えたでたのではないかという噂ばかり。念の為警察はDNA鑑定を行うことに。ジョンは自分で採血した血液を警察に提供したがその結果は不一致だった。キャンディスには金目当ての嘘つきなどといったレッテルが貼られた。
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- キプリング(カナダ)
事件から2年後、2度目のDNA鑑定を行うために今度は警察官の立ち会いのもとジョンの血液が採取された。DANは一致しなかった。これを受け警察は捜査の打ち切りを決定。キャンディスは街を去った。2度目の鑑定から2年、キャンディスは探偵に調査を依頼。探偵はジョンの車から使用済みのリップクリームを入手。民間の期間にDNA鑑定を依頼した。キャンディスの服についていたDNAとリップクリームについていたDNAは一致した。この結果を受けた警察はジョンに3度目のDNA鑑定を行いと申し出た。結果は血液の質が悪くDNAが検出できなかった。そんな中、ジョンによる別の暴行事件が発覚した。警察は4度目のDNA鑑定を行うことに。腕ではなく指先から血液を採取。さらに頬の内側から皮膚細胞、毛髪も採取した。DNAは一致し、キャンディスの主張は認めらジョンは逮捕された。これまでジョンの腕から採取された血液はジョンの血ではなかった。両端を塞いだ医療用のチューブに患者の血液を詰めたものを用意し、自ら左腕を切開して埋め込んだ。3度目のの鑑定で解析不能という結果になったのは中の血液が劣化していたことが原因。
2025年9月9日、ハルウララが29歳で天寿を全うした。生涯成績0勝113敗。1勝もできなかったにもかかわらず、その馬は日本に一大ブームを巻き起こした。1998年、高知競馬場の調教師・宗石大が懇意にしている北海道の牧場主から連絡を受けた。体が小さく買い手がつかなかったため牧場主が自ら馬主となって、引き受けてくれる調教師を探していた。当時放送していた朝ドラ「天うらら」にあやかり、「ハルウララ」という名前をつけた。当時、高知競馬では中央で勝てなかった馬や引退間近の馬など様々な馬が集まっていた。高知競馬の調教師は馬たちをレースに復帰させてくれると評判だった。しかしハルウララは一度も勝てない日々が続いた。宗石はハルウララがどんなレースも一生懸命に走っているのがわかると言った。
厩舎に関わる費用は馬主からの預託料で賄う。また、レースに出走して5着にまで入ることができれば賞金もらえるが、6着以下では厩舎に入るお金はゼロ。負け続ける馬を抱えていては経営的に苦しくなることは明らかだった。馬の進退を決めるのは馬主。サラブレッドの引退後の道は主に3つ。優秀な成績を残したオス馬は種牡馬となり、牧場でセカンドライフを送ることができる。メス馬も繁殖牝馬として牧場に戻ることができる。もう一つは乗馬や使役用の馬として、乗馬クラブや競馬学校に引き取られるケース。条件にあてはまらなければ処分の対象になるケースも。高知競馬で16~42歳まで騎手を務めていた宗石の馬に対する意識が変わったのは調教師になってからだという。宗石は厩舎に秋がある限り、どんなに弱い馬でも受け入れた。ある日、馬主から引退を勧める連絡が来た。宗石は自ら他の馬主に頼み込み、ハルウララのオーナーになってもらった。このあと、がら空きだった高知競馬場のスタンドが突如超満員に。
