- 出演者
- 後藤輝基(フットボールアワー) ホラン千秋 中山忍 三村マサカズ(さまぁ~ず) 松井ケムリ(令和ロマン) ゆうちゃみ
1988年の映像を見て若者が最も驚いたことを予想し、フリップで解答した。正解は今ボスデーがあったら怖いだった。部下が上司に感謝を表すボスデーは1958年にアメリカで誕生し、1988年に日本に上陸。大手百貨店が新たな記念日商戦として参入したが、徐々に自然消滅した。プレミアムフライデーはコロナ禍で自然消滅した。
1988年当時は外来語の小文字が大文字で表現されることが多かった。その後国が小文字を使うよう指針を出したのは1991年。三村は、母が「バッファリン」と言っていたと話した。後藤は、母が「フルーツチエ」と言っていたと話した。
ほかにも若者が驚いた5項目をスタジオで早押し解答。難しさにより点数がアップする。「なぜ船から大量の紙テープが?」は10点で令和チームが正解した。別れを惜しむ握手の代わりとして世界中で行われていたセレモニーで、発案者は日本人。実業家の森野庄吉がサンフランシスコ万博で売れ残った笠井商店の紙テープを買い取って港で販売した。別れを惜しむ人たちに大当たりし、見送りの紙テープは世界中に広がった。紙テープが環境汚染の原因になったため1990年代から徐々に禁止になったが、水に溶けて無害な紙テープが開発されたことで隠岐の島では今でも行われている。
中山は、コンサートで紙テープを投げると芯が当たって痛いのでファンは芯を抜いて投げていたと話した。
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- Nano bananaアドビ
1988年の映像を見て若者が驚いた5項目をスタジオで予想した。「なぜテレビモニターが並んでいる?」は30点で令和チームが正解した。
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- 銀座(東京)
当時はマルチビジョンが全国の至るところにあった。現代美術家ナム・ジュン・パイクのテレビモニターを使った作品がアーティストや映像業界に多大な影響を与え、人が集まる場所にマルチビジョンが設置されるようになった。三村は企画で負けた罰ゲームでさまぁ〜ずに改名した、海砂利水魚は勝ったのに羨ましくなって改名したと話した。
東京ドームは開業当時フォルムが大きな卵のようだったことから「BIG EGG」と呼ばれた。「BIG Entertainments & Golden Games」の略でもあった。様々なグッズが売られ、少年たちにはビッグエッグ野球盤が話題になった。その後全国に地名を冠したドーム球場が次々誕生。東京ドームの方が広く受け入れられたこともあり、2006年に「BIG EGG」の愛称は正式に使用終了になった。
1970年頃までカメラ本体に照明装置はなく外付け機材が一般的だった。アメリカのストロボリサーチ社の製品が普及し、多くの人がストロボと呼ぶようになった。ストロボは登録商標だったため他のメーカーは自社の名称を打ち出した。またシャッターを押すとブレの原因になるため、当時はケーブルを介してシャッターを押すレリーズを使っていた。
当初はマグネシウム粉末を燃やして光らせたため、フラッシュ・ストロボを「焚く」と表現していたという。
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- プリントゴッコ
1988年の映像を見て若者が驚いた5項目をスタジオで予想した。
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- ドラゴンクエストIII そして伝説へ…
1988年の映像を見て若者が驚いた5項目をスタジオで予想した。「メガネのブリッジがほとんど2本」は30点で昭和チームが正解した。
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- ドラゴンクエストIII そして伝説へ…
ダブルブリッジメガネの期限は空軍パイロット用のサングラスで、トップガンではトム・クルーズがダブルブリッジのサングラスを着用した。当時メガネは高級品だったため長持ちするものが求められていた。
次回予告。
ターミネーターと恋しちゃったらの番組宣伝。
