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「アステカスタジアム」 のテレビ露出情報

三カ国共催のワールドカップの会場となるメキシコ。この国でサッカーの試合となると必ず合唱する歌がある。シエリト・リンド(美しい青空)をサッカーと結びつけたのは40年前にメキシコで開催されたワールドカップ。1986年の一次リーグ戦でメキシコvsベルギーでは詰めかけたのは11万人の大観衆。メキシコ国民にとってこの試合では決して忘れることのない一戦。40年前にこの試合をアステカスタジアムで観戦したグスタボ・トレホさん。現在は空港の清掃の仕事を退職し、年金生活をしている。ワールドカップの8カ月前にメキシコで発生したメキシコ大地震では、ビルや病院までも崩れ落ち、全半壊した建物は10万戸にも及ぶ。首都メキシコシティが壊滅的な打撃をうけ、犠牲者は1万人を超えた。トレホさんが被災したのは通勤の途中で、青果市場として知られるジャマイカ地区を歩いていた時だった。次々と大きな建物が内側に引っ張られるように倒れていく光景を見たと答えた。職場に行くことも、仲間の無事も確かめることはできず、自宅に帰るしかなかったトレホさん。自分が前を向くためには何かが必要だと感じた。
甚大な被害を受けたメキシコシティに世界のチームを招いて、ワールドカップを開催できるのか。地震の翌月、その判断をするためにFIFA視察団がメキシコシティを訪問した。当時の会長のジョアン・アベランジェ会長はメキシコの人々の思いを強く受け止めたという。後に「試練の時にあって人々の勇気と不屈の精神を感じた」と語っている。そして予定通りメキシコでの開催が決まった。当時のメキシコの代表選手のフェルナンド・キラルテさんはディフェンスのリーダーだった。選手たちは余震が続く中でも黙々とトレーニングを続けていたと語り、フェルナンドさんは選手は皆結束力があり、国民の期待に応えようと全員が努力をしていたという。度重なる地震で、開催が危ぶまれる中でも人々は賢明に働き、開催した時は何よりも喜びだったという。
1986年6月3日にワールドカップのメキシコとベルギーの試合が開催。被災者の思いを全身で背負うキラルテさん。気迫のディフェンスで相手チームに対抗。観衆のボルテージが最高潮に。前半22分にメキシコが相手のミスから絶好のチャンスに。この時キラルテさんは守備のポジションを捨てて駆け上がり、得点を決めた。キラルテさんは思わず走り出し、神と亡くなった父にゴールを決めたことを感謝したという。このまま勝利を届けたいメキシコ。コーナーキックをゲットすると2得点目へ。メキシコは試合に勝利した。この試合はなによりも励みになり、メキシコが望んでいた勝利を勝ち取れたことは、選手たちにとっても大きな喜びになったという。そしてスタンドからシエリト・リンドが聞こえたという。キラルテさんもシエリト・リンドを試合後に歌ったと答え、特別な曲だという。
エリベルト・ムリエタさんは当時の試合を実況中継を担当していた。シエリト・リンドの大合唱を前に、すべての言葉を飲み込んだという。この出来事には海外メディアにも取り上げられ、震災の悲劇から立ち上がることを世界に告げる曲と紹介された。メキシコシティの公園には震災後に作られたモニュメントがある。一つの旗竿を掴むいくつもの手は市民の団結力を表す。その後わずか14か月で4万5000戸を再建した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年6月11日放送 19:30 - 20:42 NHK総合
FIFAワールドカップ2026みんなで楽しもう!サッカーの祭典 開幕スペシャル(FIFAワールドカップ2026 みんなで楽しもう!サッカーの祭典 開幕スペシャル)
開幕戦が行われるメキシコシティーの様子を紹介。市内にはパブリックビューイングが18か所設置されている。中でも最大の会場となるソカロ広場には横30m・縦17mの巨大なスクリーンが用意された。メキシコでワールドカップが開催されるのは3回目で40年ぶり。

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