博多の名物である明太子はスケトウダラの卵だが、博多でスケトウダラはほぼとれない。それなのに博多で明太子が広まったのは「ふくや」創業者の川原俊夫さんのおかげだった。俊夫さんは日本で初めて明太子を作ったと言われている。釜山で育った川原俊夫さんと妻・千鶴子は、戦後親族を頼って博多へ移った。1948年に食料品を扱うふくやを立ち上げた俊夫さんは、看板メニューとして明太子を考えた。釜山で食べていたミョンランジョが原型で、スケトウダラを韓国語で明太(ミョンテ)と言うことから当時日本人からはメンタイと呼ばれていた。物流が不安定な時代でメンタイの取り寄せはできなかったため俊夫さんは一からメンタイを作ったが、客に受け入れてもらえなかった。
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