1970年の大阪万博は6400万人以上が来場し、大阪に経済成長をもたらした。当時30歳のコシノジュンコはタカラベルモントのパビリオンなど3つのユニホームを手がけ、世界進出の足がかりとなった。2024年12月、タカラベルモントはコシノジュンコに2回目となる万博ユニホームのデザインを依頼。美の多様化を表現するブースで、そのイメージに調和するような幾何学的なデザインとなった。開幕ひと月前にはユニホームのお披露目が行われた。1970年の万博は挑戦、2025年の万博は実験と位置づけており、その思いがユニホームに込められているという。2025年5月には万博会場でDRUM TAOのパフォーマンスが行われた。コシノジュンコは14年前からDRUM TAOの衣装を手がけてきた。30年以上の歴史があるTAOは、衣装をきっかけに飛躍を遂げたという。
