ハゼを題材に上皇さまが研究されてきたのは分類学。新種を見つけたり、種やグループごとの関係性を調べたりする学問。発表された学術論文は34編。中でも上皇さまが34歳のときに出された論文は分類学界に大きな影響を与えたという。魚類分類学の瀬能博士は当時について「画期的だとしか言いようがなかった。ハゼってこういうところで種ごとに分けることもできるんだっていう」と話す。普通種を判別するのに使われるのは体の模様やヒレの形、中にある骨の本数などの特徴。しかしそれだけでは区別がつかない事がある。上皇さまが目を向けられたのは水流を感じる頭部の感覚器官。その並びを線で結び模様のようにして見比べると系統が近く見分けが困難だとされてきた種でもはっきり判別できることを日本で初めて明らかにされた。国際的な学術会議では海外の研究者と活発な議論を交わされた。真実を探求する化学の世界に一研究者として挑んでこられた。「分類学は私たちの住む環境を詳しく知ることにもつながる」と瀬能博士は語る。生き物を分類する上で「名前」は大切な役割を果たす。上皇さまは日本語名のなかったハゼの命名にも取り組んでこられた。その数は約80にものぼる。中にはご家族と一緒につけられたものもあるという。そうして命名されたハゼを紹介。「ギンガハゼ」は側近などによると上皇后さまの発案だという。42年前、図鑑が発表されるのに合わせ名前を付けられた。「青い点が宇宙に浮かぶ銀河のよう」というところから。「シマオリハゼ」は長女・黒田清子さんの発案で、輝く模様が繊細な織物のように見える。水深50メートル近い深い海でダイバーから大人気の「アケボノハゼ」の名付け親は上皇后さま。上皇さまはご家族と一緒にハゼと向き合ってこられた。京都大学名誉教授・中坊博士は「上皇さまの研究の緻密さをご家族も理解されていた」と話す。中坊博士は26年前、上皇ご夫妻が京都を訪問されたときのことを鮮明に記憶しているという。美智子さまが当時「推理小説のようでしょ」と言った論文が、上皇さまが発表された「ウロハゼの学名について」。19世紀にオランダのシーボルトの「日本動物誌」とイギリスのサルファー号「航海動物誌」がそれぞれ新種発表したウロハゼ。長い間、どちらが先に出版したかの論争が続いていた。シーボルトの本には問題があった。8年の間16回に分けて出され、その後1冊にまとめられたため、ウロハゼの発表日が不明だった。上皇さまが注目されたのはインクの裏写りだった。日付がわかるページの裏面を特殊撮影し、文字を読み解かれた。これが手がかりとなり、シーボルトの本が先立ったことが明らかになった。わずか20日の差だった。この論の進め方を当時の美智子さまは「推理小説のようです」とおっしゃった。
