ミャンマーのマンダレーと隣の地域を結ぶ主要な橋は崩落し今は通行することができない。今も倒壊した建物が残り撤去作業が続いている。中には重機や作業員が不足し放置されている場所もある。地震直後、各国や国際機関が救助、医療支援で入るも軍はこうした支援活動を制限。さらに地震から約3か月後、避難キャンプは撤収させられ、1年経つ今も生活再建を見通せない人が多くいる。仮設テントで暮らす女性の妹夫婦は地震で行方不明となりおいを引き取る。自宅の修復作業は今年1月にかけて行われたがまだ多くの場所に亀裂が残っていて安心できないという。
地震は国内避難民にも大きな影響を及ぼしている。ティン・マー・エイさんは4年前、激しい戦闘でふるさとの北西部ザガイン管区から子ども、孫など13人でマンダレーに避難してきた。避難民キャンプで喫茶店を営みわずかな収入を得ていた。地震で住まいや喫茶店の一部が壊れる。ことしに入り小規模な地震が相次ぎ不安が拭い去れないという。さらにイラン情勢の緊迫化で燃料不足も直面。バイクで毎日30分ほどかけて市場を訪れていた。しかし燃料が入手困難になりバイクがつかえない。独立系メディアは、軍の空爆で市民が約50人死亡したと伝える。エイさんは自分の村のことは忘れていないが今は帰る勇気がないと述べる。UNDPミャンマー事務所の下村代表はどこまでが地震のせいなのか、内戦のせいなのかというのが見えない状況。出口のない困難に立ち向かわれて非常に困っていると述べる。
地震は国内避難民にも大きな影響を及ぼしている。ティン・マー・エイさんは4年前、激しい戦闘でふるさとの北西部ザガイン管区から子ども、孫など13人でマンダレーに避難してきた。避難民キャンプで喫茶店を営みわずかな収入を得ていた。地震で住まいや喫茶店の一部が壊れる。ことしに入り小規模な地震が相次ぎ不安が拭い去れないという。さらにイラン情勢の緊迫化で燃料不足も直面。バイクで毎日30分ほどかけて市場を訪れていた。しかし燃料が入手困難になりバイクがつかえない。独立系メディアは、軍の空爆で市民が約50人死亡したと伝える。エイさんは自分の村のことは忘れていないが今は帰る勇気がないと述べる。UNDPミャンマー事務所の下村代表はどこまでが地震のせいなのか、内戦のせいなのかというのが見えない状況。出口のない困難に立ち向かわれて非常に困っていると述べる。
