ことし1月、SNSで「どこへも行けない謎の階段」の写真が話題となった。そこで誰が何のために作ったのかを調査するため井上咲楽が現場に急行した。断崖絶壁に魔の13階段があったのは愛媛県の佐田岬半島の先端部分。実際に近づいてみると階段の先に鉄筋コンクリートを発見。しかしこれ以上の手がかりはないため佐田岬半島の周辺を調査すると重要な手がかりが続々と見つかった。階段から歩いて10分にある場所では地下へと続く入口を発見。中にはいびつな形の窓がある空間があった。さらに調査すると山の中にトンネルが出現。カラフルな建造物の中には窓のない広い空間があり、トンネルの前には巨大な穴が開いていた。佐田岬半島の最西端にある御籠島では白いトンネルが出現。これまでに発見したものは魔の13階段と関係があるのだろうか。
佐多岬に60年以上住む佐田岬観光公社のの宇藤司さんに聞いてみると、豊予要塞といって、アメリカ軍の侵入を防ぐ最後の砦として建設された軍事施設だと説明した。謎の無人島はかつて要塞だったという。大正時代に愛媛県と大分県の両側から瀬戸内海への敵艦の侵入を敷設が目に築かれた。豊予要塞は、御籠島には洞窟式砲台を2門設置。別府大学の木村聡さんは、要塞の壁がうろこ状だった理由について、敵軍から大砲とわからないように岩肌となじませたのではないかといわれていると説明。直径約3mの巨大なアナは、砲床で400キロの砲弾を打てる設備だったという。魔の13階段は、船の発着所へ続く階段で、要塞の建築資材や弾薬などの物資運搬に使われていたという。未だ詳しい情報は知らされていない。
佐多岬に60年以上住む佐田岬観光公社のの宇藤司さんに聞いてみると、豊予要塞といって、アメリカ軍の侵入を防ぐ最後の砦として建設された軍事施設だと説明した。謎の無人島はかつて要塞だったという。大正時代に愛媛県と大分県の両側から瀬戸内海への敵艦の侵入を敷設が目に築かれた。豊予要塞は、御籠島には洞窟式砲台を2門設置。別府大学の木村聡さんは、要塞の壁がうろこ状だった理由について、敵軍から大砲とわからないように岩肌となじませたのではないかといわれていると説明。直径約3mの巨大なアナは、砲床で400キロの砲弾を打てる設備だったという。魔の13階段は、船の発着所へ続く階段で、要塞の建築資材や弾薬などの物資運搬に使われていたという。未だ詳しい情報は知らされていない。
URL: http://dl.ndl.go.jp/
