平成の大合併は少子高齢化による税収減の解消・行政の効率化などが目的。隣り合う町や村が一緒になり、それぞれが持っていた文化ホールなどを1つにまとめれば、維持費や人件費が大幅に削減できる。また、行政機関も1つにすれば大きな組織となり、専門的な部署をつくることができるので効率的になるのでは?と考えられた。しかし、中心地以外の過疎化が加速。合併で中心地となった地域では人も集まり役所などの施設も機能したが、離れた地域では閉鎖する施設も。さらに商店街が閉鎖したりバスの路線が廃止されたりと生活の足が次々に奪われていく現実もあった。当時、国は合併を進めるために補助金を用意。国からもらえる補助金が合併前と比べ合併後に減らないことを10年間保証する特別措置の合併算定替。他にも新しいまちづくりに必要な公共事業のための借金は国が約7割負担してくれるという合併特例債も導入され、次々と合併が進んでいった。しかし、特例がなくなった現在、借金が自治体を苦しめている。平成の大合併で合併した市町村が分離独立したというのは今のところない。ところが住民グループの中には分離独立を求める運動をしている自治体もある。
