1994年にイタリア・ナポリで開催されたG7サミットでロシアのエリツィン大統領が政治分野の協議にかぎり、初めて招かれた。1991年の東西冷戦終結。ソビエト連邦崩壊を決定づけたのがエリツィン大統領。ロシア初代大統領として市場経済改革とともに民主化を推進。G7にロシアを加えG8とするか首脳らが対応を議論。きょう公開された外交文書ではこの議論が紛糾し、旧ソビエト連邦崩壊後のロシアとの距離感に各国の温度差があったことが浮き彫りに。前向きだったのがイタリア。翌年から政治分野はロシア含めたG8にしたいとするカナダの提案をイタリアが強く後押し各国に賛同を求めた。これに対しアメリカやドイツは2年は様子を見るべきだと主張。一方、フランスはエリツィン大統領が再選されない可能性があると指摘。当時の村山首相は日米首脳会談などのあとワーキング・ディナー中に体調を崩し入院。代理として河野洋平外相が出席。河野大臣はG7にロシアを加えることに強く反対。結論を先送りすることを提案。当時ロシアにある日本大使館で次席行使を務めていた東郷さんは北方領土問題をあげ、この問題が解決したロシアだったら日本の態度は変わっていたと述べた。さらに公開された文書では日本の存在感低下を懸念していた様子も。専門家は現在の国際社会での日本の役割についてG7の経済的、軍事的優位性が薄れるなか、ロシア・中国などとの対話が重要になると指摘し、ギャップを埋める日本の役割は非常に重要だと述べた。
