東日本大震災で東北新幹線は全線運休を余儀なくされた。当時青森の東北工事事務所の現場に勤務していたJR東日本研究開発センターの金田さんはこの日、妻と子ども3人が東北新幹線に乗って青森まで会いに来る予定だった。家族の安否がわかったのは震災の翌日だった。地震発生の1週間後、金田さんは被災状況を調査するため仙台に向かった。大規模な余震が発生した翌月、金田さんは再び仙台で高架橋復旧班つぃて補修工事を担当した。余震で工事が中断する中で地震発生から49日後の2011年4月29日、異例の早さで東北新幹線は全線で復旧し、復興の象徴となった。
