依頼者・佐知子さんのルーツを調査。旧姓は穴太で「あのう」と読む。加賀藩に関係のある史料にあたると、先祖の由緒帳に戸籍で辿れた江戸時代の穴太源兵衛のものがあった。家の歴史は源平の7代前の穴太源介となっていた。石川県立歴史博物館で前田利家が穴太源介に宛てた文書が見つかった。文書には米百俵分の土地を与えると記されていた。研究者の北垣さんは、穴太源介は石積みの技能者だったと話した。比叡山の麓には古くか穴太という場所があり、南北朝時代に延暦寺の土木事業を行っていた人々が後に穴太衆と呼ばれるようになった。石積みを得意とし、石を加工することなく自然の形のまま積んで崩れにくくなる技能は今も受け継がれている。穴太衆は戦国時代に各地に散らばり、佐知子さんもその末裔の一人。若い頃に穴太の子孫を徹底的に追っていた北垣さんは、佐知子さんの祖父母にも調査をしていた。古文書によると佐知子さんの先祖が名だたる城の石垣作りに関わってきたことが記載されていた。
