富山の入善町立飯野小学校にて佐藤進は小学生たちに富山大空襲のことを語り部として講演で伝えていた。2025年4月14日、佐藤は90歳の誕生日を迎えた。佐藤の孫である西田七虹は幼少期から佐藤から戦争の話を聞いて育ってきた。佐藤は10歳の頃、富山県富山市で富山大空襲にあい、家族全員で川に身を潜めて降り注ぐ焼夷弾から逃れた当時を振り返っていた。アメリカ・ニューオリンズにある国立第二次世界大戦博物館は、第二次世界大戦の戦勝国としてアメリカの戦果を後世に伝えるための場であり、燃え上がる富山市街地の写真も展示されている。富山に出現する直前のアメリカ兵たちの映像には、陸軍航空軍38周年を迎え、祝賀爆撃を行うという宣言が記録されている。アメリカ軍の作戦任務報告書には富山への爆撃中心地は軍需工場ではなく、人口密集地であったと記されている。1945年8月2日未明、174機のB-29が富山への攻撃を開始し、わずか2時間で52万発の焼夷弾が投下され、犠牲者は約3000人となり、市街地の破壊率は99.5%であった。
2025年3月、佐藤は富山市立新庄中学校にて語り部として富山大空襲の講演を行い、同じく語り部である娘の亜希代がサポートしていた。亜希代が語り部デビューしたのは2年前であり、佐藤の孫である七虹も語り部となった。子どもたちに富山大空襲を伝えた七虹は、伝えられたかは不安だが伝えたいことは伝えることができたなどと語った。佐藤は娘や孫に負けないように語り部として活動していきたいのだと明かした。
2025年3月、佐藤は富山市立新庄中学校にて語り部として富山大空襲の講演を行い、同じく語り部である娘の亜希代がサポートしていた。亜希代が語り部デビューしたのは2年前であり、佐藤の孫である七虹も語り部となった。子どもたちに富山大空襲を伝えた七虹は、伝えられたかは不安だが伝えたいことは伝えることができたなどと語った。佐藤は娘や孫に負けないように語り部として活動していきたいのだと明かした。
