- 出演者
- 浜田雅功 佐久間みなみ 片岡篤史 西山秀二 斎藤雅樹 今成亮太 山口俊
片岡さんは、阪神は人気があるチームなので、勝ったらテレビに出してもらえるのが大きいと話した。日本ハムに10年在籍したが、サイン会は1回だけだったという。山口さんも同様に、横浜よりも巨人の2軍選手の方がいいと言われたことがあるという。今成さんは当時ナイキのグッズを使いたいと思っていたら、阪神に入って3日後にナイキからオファーが入ったという。西山さんは当時マネージャーの数が広島と比べ2、3倍もいたという。齋藤さんは巨人に在籍していたが、他の球団に3年30億円と提示されたとしても行かなかったかもと話す。
片岡さんのエピソードは、阪神1年目の記憶がない。当時の阪神は暗黒時代と言われており、1億円プレイヤーがいなかった。片岡さんは5年12億円でFA移籍しており、実際に移籍するとファンの反応が凄まじかったという。関西はお金に厳しく、1億円もらっているのに働かないという批難が多かったという。そのため片岡さんは日常で家と球場の行き来しかしなかったという。そんな片岡さんの数少ない思い出は、1人ぼっちでホテルで泣いた。広島戦で4時からビジター練習をしていた時に、ティーバッティングから野次られていた。試合では中盤に2死ランナー三塁で強烈なサードゴロをエラーし、結果1対0で負けた。大阪デイリースポーツの一面が黒くなってしまったという。その後移籍2年目に阪神が18年ぶりにリーグ優勝した。
今成さんは対照的にセ・リーグの投手はバッピみたい。当時パ・リーグのピッチャーは時速150キロ超えのピッチャーばかりで時速140キロ台はいなかった。そのためタイガースに入るとバッピのような感覚になったという。山口さんはこの話をきいて、主軸投手は7番~9番は手を抜くからその球を打っているのではと話す。
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巨人に移籍した山口さんのエピソードは、先発なのにホテルに置き去り。巨人にはジャイアンツタイムというのがあり、集合時間より早く集合するルールがある。当日山口さんは甲子園で先発投手で、集合場所に8分前に就いたらバスがいなかったというトラブルが。そのため山口さんは急ぎでタクシーを呼んで、自腹で球場にむかったという。巨人は監督が乗ったら最終時間となっている。
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巨人に移籍した西山さんは、エース陣がピッチングしてくれないことを話した。当時巨人のエース陣は、西山さんがピッチングしに行っても相手にしてくれず、西山さんは野手では最年長だった。若かったら部屋まで挨拶しに行ったと思うが、一番上だったので挨拶をしなかった。そのため当時はピッチングをしてくれなかった大先輩の部屋には挨拶すべきだったと後悔していた。巨人で生え抜きの齋藤さんは、当時ピッチャーには同じ場所で投げたいといったジンクスがあり、当時の大先輩は決まった捕手がいたのではと話す。さらに人島と巨人のファンの違いについて、当時の広島は市民球場しかなかったので、広島は酔ったおっさんしかおらず、点数を取られると野次られると話す。そして巨人に移籍し、試合で負けた時にまた野次られるかと思ったら明日頑張れよとけなす人がいないと感動した。山口さんは横浜時代は撃たれたら走って帰っていたが、巨人は野次らないので歩いて帰ることができたという。
山口さんはDeNAから巨人に異例ずくめのFA移籍。それは巨人GMが辞表を持って最終会談をしていたこと。実は山口さんは当時移籍先が中日に決まっていた。そのためジャイアンツに断りに行くためホテルに行ったが、巨人GMは山口獲得に失敗したら辞任を覚悟できたと話した。その瞬間に山口さんは承諾をしたという。山口さんあHポスティング契約じゃないと契約ができないという条件をつけていた。基本的に巨人はポスティング契約は認めておらず、松井秀喜さえもFAを待っていたのに山口ごときがと斎藤さんはいじっていた。
阪神に移籍してキャリアハイとなった今成さん。後悔していることは大谷翔平を呼び捨て出来たのに。今成さんはあと1年日ハムにいれば大谷翔平とプレーできた。ここでプレーしていたら番組でも関係性を利用して翔平がと呼び捨てして仕事の室も変わったのにと後悔していた。同じく片岡さんも悩みに悩んで阪神に移籍。日ハムには育ててもらったので裏切れない気持ちがあるが、一方で大阪に戻ってプレーしたい気持ちと迷っていた時に京都の実家の裏にお寺があり、おみくじがあり親父に代わりに引いてもらって決めた。1番から50番までは日ハム残留。51番から100盤が阪神としたが、父は51番を引いたという。
山口さんは、生え抜きの要求はすぐに実現と話す。山口さんは当時使っていたトレーニング器具が大きかったので球場に入れないと仕えない器具を横浜時代は入れてもらったが、FAの時に器具の希望を伝えたが、2年間入れてもらえなかった。どうやったら入るか考え、当時坂本勇人に球団に代わりに言ってほしいと伝えたら1週間後に入ったという。斎藤さんは、当時送迎バスの車内でタバコを吸っている人がおり、桑田真澄がタバコは嫌だと話したら1号車と2号車で喫煙、禁煙車と分かれるようになったという。
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西山さんは生え抜きの元木大介が高校の後輩なので、西山さんが年齢的に練習についていけない時は元木がうちの先輩だけは走るの2本にしてと言ってくれたという。引退後のユニホームについて、片岡は日本ハムに在籍していた知名度はあまりなく、阪神の仕事がおおいと話す。西山さんは巨人の仕事をもらったときはもちろん巨人のユニホームだが、別の仕事をもらったときは広島のイメージが強いため名古屋当たりからは着替えているという。西山さんは最初に入団したのは南海ホークスなので、ホークスのOBとしてユニホームを着たら九州の仕事もできるのではと話した。
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