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オープニング映像。
ジャーナリスト佐藤和孝さんの事務所には今も山本美香さんの机がある。2012年8月2人はシリア・アレッポにいた。内戦状態の街で、美香さんが市民の様子を撮影していた時に事件は起きた。美香さんは複数の銃弾を受け死亡した。去年11月、佐藤さんは13年ぶりにアレッポを訪れた。
山本美香さんがジャーナリストを志した原点は新聞記者だった父親。夢は海外で活動する報道記者、大学を卒業し衛星放送局に記者として入社。その後デスクワークの職場に移動となり悩んだ末に退社した。進むべき道を模索する中出会ったのはジャーナリストの佐藤和孝さん。1996年、美香さんはアフガニスタンで紛争地を取材した。アフガニスタンはイスラムの教えを厳格に解釈するタリバンが支配した。学ぶことを禁じられた女性たちは隠れて英語を学んでいた。紛争地に閉じ込められた声なき声を伝えたいと、美香さんは佐藤さんと二人三脚で取材を続けた。
2012年、美香さんと佐藤さんはシリアへ。独裁体制を敷く大統領と反政府勢力との間で戦闘が続いていた。アサド政権は取材を厳しく制限していた。13年ぶりに北部の都市を訪れた。あの日取材した場所では橋桁の下まで逃げたという。2人は政権側の攻撃にさらされている住民たちを取材しようとしていた。銃撃を受けるまで美香さんは約30分間撮影していた。避難したくてもできない年齢を重ねた人や子どももいた。街の人達が逃げ出した。「みんな逃げている」これがカメラに残された美香さんの最後の言葉になった。男が銃撃の直前に「アル・ヤバニーェ」と日本の女性を意味する言葉を叫んだ。
アフマド氏の事務所には亡くなったジャーナリストや知人の写真が貼られていた。ジャーナリスト保護委員会によるとシリアでは内戦を通じて美香さんを含む国内外のジャーナリスト145人が殺害された。「外国人ジャーナリストが大変な思いをして来てくれることにすごく感謝している、美香を守れなかったことが痛恨の極み」と自由シリア軍の兵士が言っていたと、佐藤さんは明かした。
NNNドキュメント’26の次回予告。
