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「エリツィン大統領」 のテレビ露出情報

ロシアのシベリアには多様な民族が暮らしており、ロシアの広大な版図は帝政ロシアが先住民族を征服しながら広げていったものだった。19世紀末にシベリア鉄道の建設に着手すると、労働者や流刑囚がシベリアの荒野に送り出され、安価な外国人労働者も駆り出された。20年で170万のロシア人が入植していった。このロシアの東方進出を懸念していたのが日本だった。1904年に日露戦争が始まり、ロシアは敗北し日本は樺太南部を獲得した。そしてロシアでは日露戦争の敗北によってロシア革命が起きた。その後、内戦があったがロシア側が勝利したという。
ソ連で権力を握ったスターリンはシベリア各地に収容所を建設し、収容された人は再教育という名のもとに無償労働として利用された。スターリンの時代に強制労働を強いられた人は1800万人になり、多くの人が命を落とした。独ソ戦が始まるとシベリアは軍需工場として利用されて戦時生産の中心地になっていった。そしてソ連はドイツに勝利した。その後、ソ連は条約を破棄して日本軍を攻撃し、多くの人がシベリアの収容所に送られた。
ソ連は日本からサハリンを取り戻し、ソ連から多くの移住者がやってきた。そこでは日本から接収した工場や炭鉱で生活を築いていった。スターリンが死去するとシベリアに囚われていた抑留者が次々に解放されていった。ソ連政府はシベリアの天然資源を採掘するために、ソ連全土から労働者を集めた。移住者には新しい住宅と高い給与が約束されて10万世帯が移住した。石油や天然が酢を輸出するためにシベリア全土にパイプラインが張り巡らされた。そしてソ連はアメリカに並ぶ超大国になっていった。ただそれは少数民族の暮らしを根底から変えていった。
収容所から解放されたアレクサンドル・ソルジェニーツィンが自らの体験を執筆し、ソ連が隠してきた社会主義の暗部を白日のもとに晒した。ソ連政府はソルジェニーツィンを国外追放した。1989年に炭鉱労働者が劣悪な労働環境を訴えてストライキを決行した。シベリアのストライキは全土に広がり、1991年にソビエト連邦は崩壊した。そして資金難になった政府はシベリアの国有企業の多くを二束三文で新興財閥に売り飛ばした。ソルジェニーツィンは20年ぶりに帰国し、シベリアに降り立ち、市井の人々と語り合った。その後、ソルジェニーツィンはプーチン大統領と対談し、プーチン大統領は資源を牛耳ってきた新興財閥を逮捕していった。そして資源を国有化していった。ソルジェニーツィンは89歳で死去した。
2025年。ウクライナと戦うロシア軍の前戦からの動画がある。シベリア出身者がロシア軍の前線に投入されており、戦死者はモスクワ出身者と比較して突出して多いという。アントン・チェーホフは「シベリアはいつの時代も絶望と欲望を飲み込み続けてきた」と語っているという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年2月27日放送 10:25 - 13:00 テレビ朝日
大下容子ワイド!スクランブルNEWSドリル
プーチン政権は2000年5月に発足し、世界的なエネルギー価格高騰を背景に驚異的な経済成長を遂げた。欧米の文化を取り入れると同時にサミットにも参加し、2006年にはサンクトペテルブルクでG8主要国首脳会議が開かれた。武隈さんは「市民が消費の自由を享受している間にプーチンは権力集中を進めていた。ロシアの人は本当の意味での民主主義をまだ経験していない。2000年代[…続きを読む]

2025年12月24日放送 21:00 - 22:00 NHK総合
ニュースウオッチ9(ニュース)
1994年にイタリア・ナポリで開催されたG7サミットでロシアのエリツィン大統領が政治分野の協議にかぎり、初めて招かれた。1991年の東西冷戦終結。ソビエト連邦崩壊を決定づけたのがエリツィン大統領。ロシア初代大統領として市場経済改革とともに民主化を推進。G7にロシアを加えG8とするか首脳らが対応を議論。きょう公開された外交文書ではこの議論が紛糾し、旧ソビエト連[…続きを読む]

2025年8月16日放送 18:56 - 21:54 テレビ朝日
池上彰のニュースそうだったのか!!池上彰の戦後80年SP 日本の第二次世界大戦
1945年に第二次世界大戦は終結したが、超大国の対立が始まった。約40年続いたアメリカとソ連による主導権争いで、「東西冷戦」と呼ばれた。東は当時のロシアを中心に15の共和国が集まってできたソ連で、西はアメリカのこと。アメリカとソ連は直接には戦わなかったが、朝鮮戦争やベトナム戦争、アンゴラ内戦、モザンピーク内戦などあちこちで代理戦争が続いた。東西冷戦の対立は資[…続きを読む]

2025年8月3日放送 21:00 - 21:50 NHK総合
NHKスペシャル総理の妻たち “権力”の目撃者
橋本龍太郎元内閣総理大臣の妻・久美子夫人にインタビュー。夫が政権を担ったのは、今に続く失われた30年の入口に当たる時期。通商産業大臣時代には日米貿易摩擦の直接交渉を担当。交渉相手のカンター通商代表とは親としての悩みを話し合えるほどの間柄に。その後譲歩を引き出し、交渉を妥結させた。久美子さんは現在、都内のマンションで1人ぐらし。結婚したのは24歳のとき。仲人は[…続きを読む]

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