TVでた蔵トップ>> キーワード

「FACE CODE」 のテレビ露出情報

京都府京都市。メガネ店に伺った。依頼人はこの店の常連の早瀬祥人さん。こちらのお店ではメガネの製作工房を併設しており、メガネ作りを体験することができる。お宝は江戸時代の天才発明家が作った品。20数年前、きょうだい3人で遺産を分けた際、金目のものは兄と姉が取っていき、ガラクタみたいなものが自身に振り分けられた。そのため受け継いだものはそのまま倉庫に入れっぱなしに。最近、倉庫を整理した際、一つの箱に名前が。調べたらスゴイ人だったとのこと。依頼品「久米通賢 作 鉄砲2丁」。Q.これは一体何でしょう?答え:扇風機。製作したのは幕末の技術者・久米通賢。天文学者にして測量家。はたまた天体望遠鏡、大砲、日本初のマッチまで生み出した。1780年、高松藩馬宿村の農家に生まれ、幼い頃から神童と呼ばれ、18歳で大阪へ。当代一の天文学者・間重富の門下生になり、最先端の天文学と測量術を習得。その能力が買われ、高松藩に召し抱えられた。1806年、26歳で領内の地図作成を命じられ、自ら測量器具・地平儀を製作。目標地点の方位と角度を測量し、三角法で距離を算出するもので、当時ヨーロッパで最新技術とされたバーニア副尺という細かな数値を読み取る補助目盛を日本で初めて採用。これを用いて作成した地図は極めて精度が高く、現代の地図と比較しても誤差はわずか。完成したのは伊能忠敬が日本地図製作のため高松藩を訪れる2年前だった。44歳の時には坂出沖に塩田を開墾するよう藩主に進言。延べ194万人を動員する一大事業となったが、藩が用意した2万両の工費が底を突き、陣頭指揮を取っていた通賢は開墾を続行すべく、私財はもとより、親戚の財産までも投入。万一事業が失敗した際は腹を切って責任を取る覚悟だった。3年半の歳月をかけ完成した塩田は全国の塩の生産量の3割以上を占めた。そんな通賢が生涯を通じて取り組んだのが外国からの脅威に対抗するための武器開発。その一つが和時計をヒントに考案した輪燧佩銃。引き金を引くと巻き上げたゼンマイがほどけ金属円盤が回転。火打石との摩擦で生じた火花が点火薬に引火すると、銃身内の装薬が爆発し弾丸が発射するという仕組み。また、雷酸水銀という発火しやすい火薬の製造にも成功。これを利用し極密銃なる小型銃と国産初のマッチを考案したとされる。数々の偉業を成し遂げた通賢だが、塩田と武器開発に全財産を注ぎ込んだことから生活は困窮。晩年は病魔に侵されながらも死の直前まで研究実験を続けたという。
住所: 京都府京都市中京区中之町573-1
URL: http://facecode.jp/

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.