- 出演者
- 富澤たけし(サンドウィッチマン) 伊達みきお(サンドウィッチマン) 芦田愛菜 鈴木京香
オープニング映像。
ホーロー看板博士ちゃん・森川蓮生くんが昭和のレトロ自販機を捜索する。蓮生くんは元々レトロ自販機が好きでそれがきっかけでホーロー看板が好きになったという。好きが高じて段ボールで自販機を手作りするほど。小学4年生頃からは祖父母と一緒に日本全国のレトロ自販機を巡ってきた。当時大好きだったのはあらいやオートコーナー「やきにく弁当」。レトロ自販機など古い機械を修理できるようになりたいと工業高校に進学した。
レトロ自販機へ並々ならぬ想いがある蓮生くんがどうしても行きたい場所は、神奈川・相模原市にあるレトロ自販機の聖地と呼ばれる場所。150台のレトロ自販機が並ぶ。毎年来て自販機の状態確認をしている蓮生くんの最初のルーティーンはトーストサンド。しかし熱々の状態で出てくるはずだが冷たかった。レトロ自販機の聖地は中古タイヤの店の敷地にある。元々はタイヤ交換を待つお客さんのために数台を設置していたが次第に社長自身がレトロ自販機にどハマりし、修理を独学で勉強し部品を作って復活させている。そんな蓮生くん憧れの社長のおかげで無事に熱々のトーストを買うことができた。うどん・そば、ハンバーガー、トーストサンドがレトロ自販機の御三家だという。
レトロ自販機御三家の一つ、うどん自販機をスタジオに用意。一行は「きつねうどん」を堪能した。自販機の中では、麺は半茹で状態で具材は全部入りの器がセットされていて注文後に熱湯を入れて遠心力で湯切りする。最後に出汁とお湯を注入して完成となる。
レトロ自販機の聖地にやってきた博士ちゃん。見つけたのはゼリーの自販機。この日は売り切れだったが、購入した時に聞ける鳥の鳴き声を聞かせてもらった。初期のカップヌードルはフタに穴を開けてお湯を入れる。
博士ちゃんの最大の目的は日本に1台しかないカレーの自販機。完成されたカレーがそのまま出てくる。齋藤さんの修理前はボロボロでカッターも使えなかったが日本刀の業者に特注でカッターをアップデートしたという。
バブル時代大好き博士ちゃん・中澤大輔くんが1970年大阪万博のパビリオンを捜索する。
バブル時代博士ちゃん・中澤大輔くんは映画「愛と平成の色男」のディスコに行くシーンが好きなどと話した。1970年大阪万博のパビリオンは万博が終わって半年以内でほぼ全て撤去され、一部は公募で28個が再利用されたが完全体で遺っているのは6個しかないという。太陽の塔も当初は取り壊し予定だったが、高校生が遺して欲しいと手紙を送り全国で署名活動が行われて遺された。
中澤大輔くんがやって来たのは兵庫・神戸市。移築された1970年大阪万博のカンボジア館を捜索。大阪万博は118のパビリオンが建てられ、カンボジア館はカンボジアの観光・産業開発を紹介する施設で中でも遺跡アンコール・ワットの模型が人気だった。万博会場から約46km離れた神戸の住宅街に移設されたカンボジア館は建物だけでなく遺跡のレプリカも遺されていた。当時は住宅地を売り出す際に目玉として移築され、パビリオンのある街として売り出された。平成4年に町へ贈与され現在は集会所になっている。
サンドウィッチマンと鈴木京香は昨年、宮城県人会を開催し錚々たるメンバーが集まったと話した。伊達がラジオで開催を熱望していたところ鈴木が楽屋を訪ねてくれたという。
- キーワード
- 荒川静香
1970年大阪万博を彩ったパビリオンの今を調査。中澤大輔くんが向かったのはミュンヘン市館が移築された岡山県。ドイツ・ミュンヘン市のパビリオンでドイツ料理が食べられるビアホールなどがあった。そんなミュンヘン市館が移築されたのは万博会場から約160km離れた日本原駐屯地。
ミュンヘン市館は岡山の自衛隊駐屯地の中に遺っている。現在は自衛隊歴史資料の展示や多目的ホールとして使用されている。駐屯地ができたのが1965年で施設が整っていなかったため、隊員のための売店が入る施設として移築された。今回、当時売店で働いていた方々が集まってくれた。売店以外にも理髪店やゲームコーナーなども入り隊員たちの憩いの場として2002年まで利用されていたという。
1970年大阪万博の休憩所として使われていた建物を捜索。大阪市の都心部に移築されたが詳しい情報が出回っていないという。やって来たのは593年創建四天王寺の庚申堂。休憩所はお寺のお堂になっていた。大阪大空襲で焼失した四天王寺を復興させるため、後々庚申堂として再利用する計画で大阪万博に建てられたという。
ラオス館が移築されたのは万博会場から約370km離れた長野・諏訪市の霧ヶ峰高原。56年の時を経て長野県の山奥で第二の人生を歩んでいた。柱の装飾などは当時のままだが、当時はなかった謎の目が書き加えられていた。
鈴木京香は取り壊しの危機にあった名作住宅のオーナーとなり建物の改修・継承するため管理を続けている。1957年の建物でコンクリート造りの個人邸宅は当時ほとんど初めて造られたという。
ラオス館は56年の時を経て長野県の山奥で昭和寺に生まれ変わっていた。屋根の上には当時はなかった謎の目が書き加えられている。万博で祀られていた観音様の新たなお寺としてラオス館を譲り受けたという。困った人を探せるようにと観音様の目が描かれた。
自転車3人組がレトロ自転車に乗って昭和レトロスポットを捜索。やって来たのは昭和45年に製造が終了した丸型郵便ポスト。自転車3人組のメンバーはホーロー看板博士・森川蓮生くんと昭和レトロ友達の大谷紘史くん&富樫風虎くん。
昭和レトロスポットが数多く残る西東京をレトロ自転車で巡る捜索旅。博士ちゃんたちが愛車を披露。初登場の富樫風虎くんはレトロ自転車博士ちゃん。集めたレトロ自転車は20台以上。小学5年生で自転車で日本を縦断したという。3人はレトロ自転車イベントで意気投合したという。
