- 出演者
- 山中伸弥 タモリ 吉岡里帆
今回のテーマは「日本人らしさ」。世界でも大注目の日本人らしさはなぜ生まれた?。それは超巨大噴火だった?。
日本人らしとは?と聞かれタモリは「謙虚さ、控えめ、礼儀正しい、手先が器用」などと話した。吉岡里帆は「協調性」などと話した。AIの答えは「誠実、忍耐強い、移ろいを受け入れる」など。日本人らしさはどこから生まれたのか。今回のテーマは「”巨大噴火が“日本人”を生んだ!?」。約4万年前に日本列島に人がやってきたのでは?と言われている。現在までさまざまな人々が日本列島にやってきて 、日本人らしさが生まれてきた。取材班が日本人らしさの礎を築いたのは縄文時代の人々では?と思い調べた結果、超巨大噴火が起きたことがわかった。
縄文時代に起きたという超巨大噴火。それは九州・鹿児島の沖合60kmの大海原、薩摩硫黄島近くの海底で起きたという。その謎に迫るため、初めての大規模調査が始まった。挑んだのは神戸大学の研究チーム。まずは超巨大噴火はどのような規模で起きたのか。まずはそれを調べるため海底地形の探査を始めた。CGで作られた海底地形を紹介。でこぼこした巨大なくぼみの直径は20kmを超えていた。くぼみの真ん中には巨大な盛り上がりが見つかった。これは地下深くからマグマが湧き上がってできた溶岩ドーム。この溶岩ドームは高さ450m、直径10kmで世界最大だということがわかった。マグマの噴出量は180立方キロメートル。宝永噴火のマグマ噴出量は0.7立方キロメートル。天明噴火は0.6立方キロメートルだという。この超巨大噴火が過去1万年に起きた地球最大の噴火だということが明らかになった。
超巨大噴火の影響は遠く離れた地にまで及んだことまでわかってきた。その明確な証拠が見つかったのが鹿児島沖から北東に700km。福井県西部の水月湖だった。水月湖は淡水と海水が綺麗に2層に分かれているため上下で水がかき混ざらない。湖の底には酸素がほとんどなく砂をかき乱す生物が住めない。その結果、過去の地層が綺麗に堆積している。ここから過去7万年分の環境の変化を解析することができる。規則正しくつもり続ける堆積物の中に、異質なものが見つかった。厚さは3cm。その成分から、鹿児島沖で起きた超巨大噴火で噴出した火山灰だということがわかった。通常の堆積物の50年分が短時間で一気に溜まったという。日本各位で調査が行われた結果、超巨大噴火によって堆積した火山灰の範囲と量が明らかになってきた。九州で48cm。関西で12cm。関東や東北まで積もっていることがわかった。超巨大噴火がどれほどだったのかCGで紹介した。7300年前突然、噴火が始まった。マグマが直径20kmを超える巨大な円を描きながら噴出。火砕流が九州南部に到達。到達した範囲の全てを焼き尽くした。
タモリは「これは有名ですね 鬼界カルデラというカルデラ」などと話した。カルデラは地下にたまる膨大なマグマが噴火によって噴出すると、その上の地盤が一気に陥没してできる地形。 過去4度の超巨大噴火を起こした最後の噴火は約9万年前。模型をつかって巨大カルデラを解説。溶岩ドームの高さは450m。直径は約10km。この大噴火は縄文時代に起きた。
7300年前、当時日本列島の広い範囲に暮らしていた縄文の人々は、木の実を主食とし森に住居を構え海辺で魚介類を採取するなど自然と一体の暮らしを営んでいた。しかしある日、沖合で超巨大噴火が発生した。集落は瞬く間に壊滅。被害は吸収だけではなく日本列島の各地に火山灰が降り積もった。発掘調査の結果では噴火後、木の実をすり潰す石器の出土が極端に減少した。花粉を分析した結果、ヒノキの花粉が増えたり減ったり大きく変動する時代に入っていった。鬼界カルデラが日本列島に気候変動を引き起こしていた可能性がわかってきた。
なぜ巨大噴火が起きなたのか。日本の周りにはプレートが4つある。太平洋プレートとフィリピンプレートが日本列島の下に沈み込む。それで噴火が起きたり地震が起きたりする。日本列島は地球上で最も地震と火山が集中する「変動帯」にある。ご先祖は地球規模の噴火を2回も経験しているという。それでも縄文人は生き延びてきた。
鬼界カルデラの噴火がその後の縄文人の精神性に大きな変化をもたらしたと考える専門家がいた。それが桑畑光博さん。桑畑さんが注目したのは噴火の後の縄文遺跡から出土したあるものだった。噴火の前は土器や石器など生活用の道具が出土していたが、噴火の後になると九州南部では特殊な装身具が出土し始めた。その1つが玦状耳飾り。玦状耳飾りは当時宝石として珍重された蛇紋岩などで出来ている。その他、オオツタノハと呼ばれる希少種で作られたブレスレッドも見つかっている。縄文時代は身分がなく平等な社会だったことが知られているが、耳飾りを付けていた人物は特別な身分。祈りを捧げるシャーマン的な人たちが身につけていた可能性が高いという。
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巨大噴火の前後で祈りの形態が変化していた可能性がある。巽好幸は「生き延びるためには祈ることぐらいしかできなかったと思う」などと話した。タモリは「自然には絶対に勝てないって思うよな」などと話した。
100を超える活火山がひしめく日本列島。この地ではるか昔から何度も巨大災害を経験してきたのが日本人。災害と日本人の深い繋がりを知る手がかりとしてある遺伝子に注目する研究者がいる。それが松永昌宏だった。これまでの研究から日本人だけが持つ遺伝的な系統があることがわかっている。その中で松永さんが注目したのはD-M55というグループ。D-M55を持っている人は友達の数が多い。友達の数が多いというのはコミニティーが広い。集団生活をしやすい特徴がある。様々な時代の人骨を調べた結果、縄文時代の人々がはD-M55を持っていることが明らかになった。証文時代に人々の繋がりは強く集団で暮らしていたことが明らかになっている。
D-M55は男性が持つY染色体のグループ。D-M55は日本人だけで女性にはない。D-M55を持っている人は友達が多いという。D-M55を保有する男性はテストステロン量が少なく協調性が高いと推察されている。山中伸弥は「自分はD-M55があると思って調べたらなかった。だから友達少ない」などと話した。D-M55は日本人男性の30%が保有しているという。D-M55を持つ人の存在により自然生涯を乗り越えた可能性がある。タモリは「自然災害は協調性がないと乗り越えられない。それを自然から獲得したのがスゴい」などと話した。
東日本大震災のあと、各地で未来の防災、減災に役立てるため過去の津波被害の実態調査が行われた。その結果、2100年前の弥生時代に東北沖で巨大地震が発生していた事がわかった。それが弥生大震災、M9.0を超える超巨大地震。斎藤裕彦さんは大規模な地質調査から弥生大震災の確かな痕跡を発見した。地層を見ると津波堆積物の下に水田耕作土があった。人々は稲作を営むため人々は海に近い場所に暮らしていた。当時の人々は、津波の後少し高い場所に避難。稲作を放棄し雑穀を作って凌いでいたことがわかった。400年後の古墳時代、水田耕作用の農機具が出土した。西暦350年頃、また大津波が発生。再び避難しまた戻ってきた。巨大津波が起きるたび行ったりきたりの生活をくり返してきた可能性がわかってきた。
これまで日本列島で起きたM7.0以上の地震発生地を紹介。M7.0以上の地震は世界の約20%が日本で発生している。地震など災害は多かったが豊な恵みを受けていた。
いつ来るかわからない津波に備えご先祖様が利用したのが古墳だった。弥生大震災の時、津波がやって来た場所を調べるとちょうど3つの古墳の手前までだった。
巽好幸は「災害は日常に戻ると忘れがち。彼らも忘れないためにランドマークが必要だった」などと話した。
日本人は欧米人やアフリカ人などに比べると不安を感じやすい人が圧倒的に多い。
世界中で行われた性格調査でわかった日本人の特徴は、不安の感じ安さだった。それを生み出すのがセロトニントランスポターS型遺伝子だった。セロトニンには脳内の神経細胞が興奮したときに大量に放出され感情をコントロールする。この時神経細胞にあるトランスポーターが放出されたセロトニンを再利用するために回収するための役割を担う。S型遺伝子を持つ人はトランスポーターが少ない。その結果、セロトニンが不足し不安な状態に陥りやすい。S型遺伝子を持つ日本人の割合は81%もあった。だからこそ日本人は不安を考えやすい。
タモリも吉岡里帆も不安を感じやすいという。S型遺伝子を持つ人はトランスポーターが少ない。その結果、セロトニンが不足し不安な状態に陥りやすい。不安を感じるということは危機意識が高い。不安を解消するために日本人が持っている特性というのが仲間を作ろう、集団でいようということだった。
縄文時代に地球最大の噴火を起こした鬼界カルデラ。2025年その地下で驚くべき事実が見つかった。海底調査を行っていた時、溶岩ドームの岩石を調べてたら火山ガスが大量に湧き出していた。神戸大学と海洋研究開発機構は調査すると、地下2~7km付近に400立方キロメートルのマグマだまりがあることがわかった。このマグマは縄文時代に起きた噴火の後に溜まったものだと考えられている。100年から1000年後に噴火が起きる可能性がある。研究チームは光ファイバーケーブルを設置し噴火の前に現れる僅かな地殻の動きを24時間365日間観測している。
