- 出演者
- 山中伸弥 タモリ 吉岡里帆
今回のテーマは“神さま仏さま”。
オープニング映像。
本日のテーマは「なぜ“神さま仏さま”なのか?」。神道は神さま、神社。仏教は仏さま、寺。正月三が日のい初詣の参拝者数は推定のべ8000万~9000万人という。
- キーワード
- 警察庁
神さまのルーツについて。日本列島は複雑にプレートが重なり合う場所にあるため激しく動きその形を変えてきた。1400万年前の紀伊半島には広大な平原が広がりゾウやワニの仲間が暮らしていた。超巨大噴火は過去に何度も起こっている。火山灰やマグマでできた岩石は長い年月をかけ雨や風によって削られていき、やがて険しくも美しい熊野地方の独特な地形を生み出した。熊野で見られる巨岩や奇岩は火山灰が固まった凝灰岩やマグマが固まった花崗斑岩など。神が降りてくる依り代と呼ばれるようなものにふさわしいという。
古座川の一枚岩は高さ150m、幅500mの日本最大級のひとかたまりの岩。自然信仰は山・岩・滝・森などを祈りの対象とする信仰。中央構造線は全く異なる地質が接する日本最大級の境界線。大断層沿いに有名な聖地・神社が並んでいる。
土地の神、外来の神、祖先の神、神話の神など日本では様々な神に祈るようになっていく。その後いよいよ仏様が登場する。
仏教の伝来は6世紀の半ば。734年は天平の大地震、735年には疫病が大流行。752年に大仏が開眼した。
仏教伝来からおよそ200年が過ぎた奈良時代、天平6年の大地震では書物には死者が多数としか残っていない。縦横無尽に走る活断層がこの地域には多数あることが様々な研究調査から分かっている。生駒断層帯は近年の調査で古墳時代から平安初期までの間に一度だけ大きく動いたことが判明した。応神天皇陵は前方部は崩壊している。崩れた部分は生駒断層帯の真上という。
天平6年の地震で巨大な断層帯の大部分が同時に動いた可能性がある。大地に3mにもなるずれを生み地形が変わった。狭山池は飛鳥時代に造られた巨大なため池だが堤の断面に天平6年の地震跡がある。平城京の周囲一体に壊滅的な被害をもたらしたと考えられる。
聖武天皇は自分を責め、当時天変地異は天皇の政治に徳が欠けた時に起きると考えられていた。聖武天皇は仏に頼り写経を命じた。地震の僅か1年後、事態はさらに悪化し今度は疫病が大流行した。田畑は荒れ飢饉をもたらし、政治は一時機能が停止するまでに追い込まれた。死亡者数は総人口の1/3、100万~150万人。聖武天皇は日本を新たに立て直すため仏教によって国を守ることを決意する。東大寺に大仏を造立した。この時の疫病は天然痘もしくははしかだった可能性が考えられている。
磯田道史さんが登場。「仏教は文字になっていてものすごくリアル、お経をここに置けば四天王さまが守ってくれる」などと話した。火山活動が神様を生み、地震が仏さまを広めたという。
邂逅とは思いがけず偶然に出会うこと。熊野那智大社の本殿から奥に進むと那智山青岸渡寺がある。寺を守る仁王像の裏には狛犬があり、神さまと仏さまとが一体として祀られている聖地、霊場という。昔はお社とお堂が繋がっていた。那智の滝は飛び散る水しぶきと岩肌の形に千手観音の姿が重ねられたという。
日本の宗教史を新たな視点で切り開く第一人者、吉田一彦さんが登場。奈良時代くらいから神仏の融合が始まる。平安時代の末、本地垂迹説というものができた。神仏習合(融合)は仏教の文化。神さまは仏さまと一緒になり土地に縛られなくなった。日本列島のあちこちに分社ができたという。神仏習合(融合)の文化は1100年ほど続いた。「神さま仏さま、分け隔てなく」というお参りする感覚が今も根強く残っている。
日本三大随筆、鴨長明の方丈記について。京都日野の山の中腹で鴨長明は人生の晩年を送った。立て続けに都を襲った災害に苦しむ人々の様子が生々しく記録されている。特にその恐ろしさを描いたのが元暦の大地震。この地で生きる思いを仏教の教えとともに記している。無常とはこの世のすべてのものはとどまることなく変化し続けること。
仏教の根本原理は諸行は無常である。無常観が現実肯定を生むという。
学問の神様、菅原道真。その始まりの地は北野天満宮。元々は怨霊ということで恐れられた存在だった。菅原道真は貴族の陰謀により左遷され九州太宰府で死去した。災いがおさまらず神様として祀ったという。時とともに様々な祈りを叶える存在となりやがて学問の神となった。
浅草寺は江戸でも境内にたくさんのお堂などが集まっているところとして有名。神仏のデパートという。また、奪衣婆は三途の川のほとりで死者の衣服を剥ぎ取る恐ろしい老女。なぜか願掛けをすればよく叶うと評判となった。戦乱が終わり平和になった時代、江戸には各藩の大名屋敷が造られ武士とともに商人や職人なども増えた。活気が溢れやがて江戸は100万都市となった。叶えたい願い事のバリエーションが増え受け皿として神仏が増えたという。
しばられ地蔵を紹介。1年分の願いが溜まりに溜まって全く地蔵の姿が見えない。縛られ続けたお地蔵様に感謝し縄を一気に切る。年が明けるとすぐに縄を巻かれる。大岡越前が地蔵に縄をかけたら盗難事件が解決したという逸話がはじまりという。
江戸時代の主な災害を紹介。無病息災は災いにあわないように祈ること。
岩手県陸前高田市は津波に襲われ1800人を超える死者行方不明者が出るなど被害に見舞われた。普門寺では身元のわからない多くの遺骨を預かることになった。送られてきた仏像を紹介した。羅漢の像が500体以上あり、震災の後に被災者や遺族が彫ったものという。
