皇太子時代・29歳のときに初めて論文を発表された上皇さま。その出発点は何だったのか。まずはハゼとの出会いから。上皇さまは昭和8年12月23日に誕生され、日本中がお祭りのように沸き立った。幼い頃から海辺でよく過ごされた上皇さま。祖母・貞明皇后から水槽をプレゼントされ、魚の飼育にも挑戦された。側近によると葉山近くの海岸でハゼを初めて採集されたという。上皇さまとハゼとの出会いはこうして始まった。学習院高等科を卒業した後、上皇さまは大学の政経学部に進まれる。同時に皇太子としての公務にもあたられた。皇族として戦後初となる外国訪問も。昭和天皇の名代としてエリザベス女王の戴冠式に出席された。各国の首脳と会談するなど、約6か月かけて欧米15か国を巡られた。そうした中、公務の合間を縫って始められたのがハゼの研究。側近によると父・昭和天皇を傍で支える研究者から手ほどきを受けながら、最初は趣味のように始められたという。上皇さまはなぜハゼを選ばれたのか。皇太子時代から研究に協力し、現在最も間近で支えている宮内庁・御用掛で魚類学者の林さんに話を聞いた。林さんは「昭和天皇が海の生物の研究をやっておられたので、やはり(上皇さまは)海の生き物に関心を持って、その中でも自分でとれるハゼには非常に興味を持たれて、そういうのも陛下が研究の材料にされた、ハゼに興味を持たれた理由のひとつになっているのではないか」と話す。身近とは言え、当時ハゼには未知の種類が多くあった。上皇さまは海へ来ると自ら採集に出かけられたという。林さんは一緒にハゼを探したときのことについて「胴付きではなく長いブーツを履かれていた。やっている間にどんどん沖の方へ進むわけです。(服が)濡れる直前まで行って、最後のひと網をやった時に(水が)入った。それでもその時とれた。すぐに岸に上がって『キヌバリですね』ってたいへん喜ばれてお帰りになった」と語る。ハゼは小さく、持ち帰って標本にすれば公務の間に研究できたこともハゼを選ばれた理由の1つだったという。上皇さまは次第にハゼの研究に打ち込まれていった。
