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- 野上慎平 坪井直樹 依田司 山本雪乃 住田紗里 斎藤ちはる 佐藤ちひろ 武隈光希 舩橋沙貴 佐々木若葉 入江あんな
今、価格の安さやおいしさから魚のアラの人気が高まっている。角上魚類営業部の川崎真諭課長は、価格高騰の中でもコストが少ないなどとコメント。角上魚類は関東信越を中心に22店舗を展開する鮮魚店。先週土曜日午前9時前、東京都日野市にある店舗では多くの客が列をつくっていた。魚をさばいた後に残るアラを販売する人気コーナーでは、開店から5分で底が見えるほど商品が売れていった。魚のあらはお宝などと書かれたポップを作りアピールする店舗もある。1パック100円から500円ほどで販売されていて、取材に訪れた日はタイの頭が150円で並んでいた。切り身や刺し身にされた魚を扱う店が増え、アラは手に入りにくくなっている。角上魚類は目からうろこのアラ活用術をSNSで公開し話題になっている。番組は鮮魚のプロにマダイのアラの下処理方法を教えてもらった。今回使う頭の場合、血合いが残りやすい部分を水で流す。汚れが残っていると臭みの原因になる。最難関、うろこ取りのコツは、沸騰したお湯に大体15秒から30秒以内入れること。水に移してスプーンでこすると簡単にうろこがとれる。最後に塩をふって10分以上置くのがポイント。余分な水分や臭みが浮き上がり、水で洗い流せば下処理完了。唐揚げや煮付けなど、ひと手間かけると格段においしい。
栃木県足利市にある、あしかがフラワーパークから中継。見頃を迎えているのは藤の花。畳1200枚分の藤棚が一面に広がり、まるで藤の花のシャワーのような景色をつくりだしている。
夜になると藤に起こることは何かという問題を出題。選択肢の青は葉が垂れ下がる、赤は花がしぼむ、緑はつるの色が変わる。ヒントは、あたかも眠っているように見える。
栃木県のあしかがフラワーパークから中継。国内最大級の藤の花が見頃を迎えている。今年から新メニュー「大藤佐野ラーメン(しお)」が登場した。澄んだ塩スープに紫色の麺。ハマグリの旨味と本格的な魚介スープ、佐野ラーメン特有のちぢれ麺がマッチした一杯。
夜になると「藤」に起こることは?。青「葉が垂れ下がる」、赤「花がしぼむ」、緑「つるの色が変わる」。
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夜になると「藤」に起こることは?。青「葉が垂れ下がる」、赤「花がしぼむ」、緑「つるの色が変わる」。正解は青。
山田優さんは、「前向きな言葉を自分で言っていくというか、そういうのをどんどん自分にためていって、なんくるないさ精神でやってきました」などとコメントした。
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ヘアケアブランドの新商品発表会に登場した山田優さんに関する問題。4年前、第4子出産を報じられ、家事に仕事と多忙な日々を送る山田さん。山田優寝る前にやっていなかったことは、青・歯を磨く、赤・湯船につかる、緑・髪を乾かす。
山田優寝る前にやっていなかったことは、青・歯を磨く、赤・湯船につかる、緑・髪を乾かす。正解は、緑・髪を乾かす。
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一服の茶に命をかけた男たち、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康。彼らが手にしたのは、単なる茶器ではなく、時代を動かす戦略であり己の魂を映す鏡だった。今回は、文献と至宝から天下人たちの真実を調査する。
織田信長が所持、本能寺に伝わった水墨画。描かれたのは、中国の鳥「叭々鳥」、ムクドリの仲間で翼に白い斑紋があり、鳴き声が多才で人の言葉をまねることから中国では古くから親しまれてきた鳥。水墨画では漆黒の羽を墨の濃淡だけでどう表現するかが絵師の腕の見せ所だった。牧谿はのちの長谷川等伯や雪舟など日本の水墨画の教科書になった人物。“逆輸入のスター”ともいうべき画家で、中国本国では当時、「大雑把だ」として評価が低かったが、日本に渡ると足利将軍家を始めとする茶人や武士に熱狂的に受け入れられた。信長が本能寺に持ち込んでいたとされる茶道具の中には有名な「万歳大海」などがあった。これらの一部は本能寺の変の直前に茶会でお披露目されていたという。伝説では三本足の蛙香炉が泣きだしたという。それは迫りくる明智光秀の軍勢を知らせる不吉な予兆だった。どよめきと火の手が寺を包む中、信長は「是非に及ばず」と言い残し、愛した茶道具とともに炎の中へと消えていった。
陶祖・景正の魂と秀吉の名物狩り。豊臣秀吉が所持していた茶入「臨月」。この茶入は日本の陶磁器に命を吹き込んだ加藤四郎左衛門景正が作ったもの。鎌倉時代に中国の焼き物をモデルにした高級な陶器である瀬戸物を生み出した陶器界のレジェンドといえる人物。信長始めた名物狩りを継承し、苛烈に推し進めた秀吉は天下統一の象徴として名高い茶器を次々と手に入れていった。そのうちの1つである臨月は伏見城で秀吉が愛蔵。のちに賎ヶ岳の戦いで活躍し、秀吉を勝利に導いた福島正則へと授けられたこの茶入は権力の移ろいを見つめてきた生きた証。
政宗が仕掛けた徳川将軍への粋なもてなし。伊達政宗が所持したお茶碗「秋葉天目」。きらびやかな装飾や鮮やかさといった派手さを抑えた風情は茶の湯におけるわびの精神にかなうものとして珍重された。1630年に徳川家の二代将軍・秀忠、三代将軍・家光が伊達家を訪れた際にも茶会の場にこの茶わんが飾られたという記録が残っている。たんなる美術品としての価値だけでなく、戦国から江戸へと移り変わる時代の中で伊達政宗が秀吉や徳川将軍家をもてなすために用いた権威の象徴としての側面ももっていた。
家康が選んだ揺るぎなき大名物の系譜。徳川家康が所持していたと伝わる茶入「唐物茶入」。唐物茶入は16世紀以降、その多くが千利休以前の大名物としてこんにちに伝わっていて、この茶入もそうした大名物の一つ。天下統一を成し遂げ、大御所として駿府城に退いた家康。そこで膨大な茶器をコレクションしていたと言われ、静かな隠居生活の傍らには「箆目肩衝茶入」があったと考えられている。
武将たちが茶室に求めた静寂の極致。秀吉にとって茶湯は静かに心を整える場だけではなかった。自らの知力と財力を世界に知らしめる国家規模のプロパガンダだった。1587年に現在の京都府北野天満宮で開催された「北野大茶湯」。秀吉は茶わん1つあれば身分を問わず「誰でも来い」と号令をかけ、農民から宣教師まで1000人以上が熱狂したという。そこには秀吉自慢のコレクションがずらりと並び、訪れた人々を圧倒的な権威で平伏させた。さらに秀吉はその欲望を満たす究極のステージ「黄金の茶室」を完成させた。当時の文献などを参考に復元した黄金の茶室。金箔が貼られた壁や純金の茶器とまばゆい輝きを放つこの空間は秀吉の承認欲求が爆発した茶室。
茶器が1つの国と同じくらいの価値を持っていた。気になる黄金の茶室に隠された驚きの仕掛けは茶室ごと持ち運べる。釘を一本も使っていないため、解体して別の場所に運び、また組み立てることができる。
関東地方はこの後、昼前に雨のエリアが広がり、夕方以降は本降りになりそう。また東京の日中の最高気温は19℃の予想で、6日ぶりに20℃に届かない見込み。夜の気温は朝より低く、ひんやりとするため、外出の際は大きめな傘などの雨具と上着を忘れないように。
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